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第22話

兵士が地下牢へ向かったのは王が命じたからではない。 愛しいサロメが欲しがるからだ。 あの聖者の首を。 サロメが欲しがるなら叶えてやりたかった。 誘われた。 なのに怯えて感じる身体を抱いた時からサロメの望むままにと決めていた。 首をあたえてそれでサロメがすべてを納得するならそれでいい。 この後おそらく王に兵士は殺されるのだ。 としても、サロメの願いは叶えてやりたかった。 サロメが自分を見ていないのだとしても。 とうとう王にその身体を明け渡したとしても。 サロメは絶対に自分のモノだった。 サロメが言う通り。 なぜ、自分達はここまで狂ってしまったのか。 良くも知らない相手に二人とも恋してる。 兵士はサロメに サロメは聖者に それを奇妙に思う気持はあった。 だが、そんなことを考えたところで、どうせサロメが愛しいのだ。 誘われる前から想っていたから。 閉じ込められた可哀想な王子さまを。 地下牢にたどりつく。 今夜も月の光に照らされて、聖者がそこに立っていた。 美しい。 やはり、美しかった。 サロメの想い人ではあってもこの男そのものには嫉妬はない。 この男だけはサロメを求めていないからだ。 「・・・私の首など意味がない」 なにもかもを察したかのように聖者は言った。 兵士の手には刀が光る。 「知ってます。でも、サロメはあなたが欲しい・・・与えてやらなければ」 苦しげに兵士は答えて地下牢の扉を開ける。 王が自分に聖者の首をとってこいと命じた理由がわかる。 狂ってないなら、この罪のない人の首を斬れるわけがない。 狂ってるからこそ殺せる。 正常なら、命を奪われるとしても拒否しただろう。 この人を殺せば地獄に落ちる。 この人は聖者だ。 殺すのを拒否して処刑されるとしても、だ。 死んだ後の永遠の地獄を思えば、そちらの方がいい。 神を信じているのならば。 地獄は永遠だ。 神の罰を地獄を、罪を、人は恐れる。 だが。 兵士はそうするしかなかった。 「罪を恐れないのだな」 憐れむように言われて、兵士は泣きそうになる。 この人だけが理解してくれていると知ったから。 「分からないのです。なんでこんなにまで求めるのか。愛されないのに。でも、可哀想だ。一人ではやれない、一人で地獄へなんて」 兵士は本音を吐いた。 「可哀想だ・・・」 兵士は頭を抱えた。 塔の守護をめいじられたばかりの頃、サロメが閉じ込められた部屋から鳥を見ているのを見た。 1年前。 まだ16の少年。 父親を殺された少年。 母親に捨てられた少年。 叔父に狙われている少年。 空へ羽ばたく鳥をみていた。 その時から愛していた。 救えないとわかってて。 サロメを連れて逃げる夢も見た。 でもそれが夢だとわかっていた。 サロメはどの道。 この宮殿に閉じ込められ死ぬ。 時期が少し変わるだけ。 「破滅したかったのだよ、あの子供は」 優しく聖者は言った。 「あの子供は早くすべてをおわらせたかった。この国すらも。閉じこめられた子供が、破滅するために私を選んだ。それがあの子供の恋だ」 聖者は悲しげに言った。 セックスも何もかも、終わりに向かうための道具でしかなかった。 サロメが激しく恋をし、欲情したのは「破滅」そのものだった。 「そして王もまた、終わりを求めている」 王は選んだ。 暴虐の道を。 先王の王子を臣下の面前で犯し 聖者まで殺す狂った王。 王家は終わるだろう。 暴虐を尽くしても、民の心が離れた王家は長くはもたない。 「救いたかったのだよ・・・止められたのだよ、王や王子が望みさえすれば。もうすぐこの世界に来られる方が、罪を贖って下さる。だから、罪を悔いさえすれば王子も王も救われたのだ。いや、今でも、私を殺した後でさえ、心から悔いることさえできるなら・・・」 聖者は悩ましげに言った。 「だが、お前も王子も・・・王も・・・もはや救いを望むまい」 聖者は痛ましげに兵士をみつめた。 兵士は頷く。 サロメと共に終わりへと向かう。 地獄へと向かう。 終わりへ。 終わりへ。 「オレが罪を引き受けたい・・・」 兵士は泣いた。 1人きり、閉じ込められた可哀想な王子さま。 誰にも助けれられなかった王子さま。 神は王子を助けなかったのに。 終わりを求めて狂う王子を。 終わりである聖者に恋した王子を救ってくれないのか。 「魂は救えても、神は運命を変えはしない」 聖者は言った。 それじゃダメだ。 仕方ない。 それでは仕方ない。 「じゃあ、救いなどない」 兵士は言って剣を抜く。 「私を殺しても、それを悔い改めたなら・・・お前は救われるのだよ。救われんことを」 聖者は微笑んだ。 美しかった。 それは確かに愛ではあった。 自分を殺す人間へとむけられた・・・ 兵士はでも、その首を切り落とした。 迷いはなく、見事に首は離れて飛んだ。 兵士は暖かい血を浴びた。 その血は。 兵士を抱きしめるように暖かだった。 聖者だったのだ。 そう思った。 殺される時ですら、殺しに来た人間が罪を悔いて救われることを望んでくれた。 でも、自分には救いはいらない。 欲しいのはサロメと共に歩く破滅だけだった

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