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第二話「Curiosity Killed the Cat」
古賀裕二、40歳、独身。職業はパティシエ。と言っても、父の代から続く、さびれた田舎町の小さなケーキ屋の店主で、特に大きな街で修行を積んだわけではない。
「裕ちゃん、こんにちは」
「ああ、どうも。お久しぶりです」
趣味と言えることは筋トレくらいで、特に目立った特徴もない、普通の“おいちゃん”。ちなみに、酒は飲めないしタバコも吸わない。このあたりの田舎の中年では、少し珍しいタイプだ。
「松尾さんに聞いたばい。しょうちゃんの帰ってきたてね!」
「……ああ、松尾さんの言わしたですね……」
「松尾さん、しょうちゃんば、がーばい可愛がりよらしたけんねぇ。……今日はしょうちゃんはおらんとね?」
「はい。仕事に行っとるけん」
「あら、なんばしよらす?」
「なんかよう分からんばってん……大きか会社らしかですよ」
「あらぁ、しょうちゃん頑張りよらすねぇ」
そして、最近の悩みは、その“しょうちゃん”に、貞操を狙われていることだ。
「あれ、なんだこれ」
「またお前にて。けえらん」
「懐かしい。けえらんって東京にないんだよ、裕二さん知ってた?」
将平は嬉しそうにパックを持ち上げ、まじまじと見つめた。
この数日間、迫りくる将平を、なんとかうまくいなしてきた。「明日の朝が早いから」の一点張りで。将平は、思ったよりは、強引に事を進めてはこなかった。
しかし、明日はなんと、よりにもよって定休日。つまり、今日は、いつもの言い訳が通用しない。
「将平の集客力はすごかね。皆、しょうちゃんしょうちゃんて……」
「俺そんなに有名だったのかな……」
しかし、裕二はこのとき、まだ少しも慌ててはいなかった。なにせ、十数年もここを離れていた将平が、店の定休日を知るわけがない。裕二は、そう、たかをくくっていた。
「よう考えたらさ、将平ずっとうちにおったもんね」
「だって、裕二さんといたかったから」
「……はー、うっさごつ言 うてかい」
「……なんだっけそれ、懐かしいな。おばあちゃんとかよく言ってた」
将平はけらけら笑った。子どもの頃から、この笑顔だけはまるで変わっていない。
小さかった頃の将平に想いを馳せていると、突然、裕二の唇に将平の唇が触れた。
「い、いかんよ将平」
「……なんで?」
「あ、朝早かっていつも言……」
「明日休みでしょ? 昔と定休日が変わったの?」
将平は、不思議そうな顔で首を傾げる。知っているのがさも当然であるかのように。
しかし、そうだ、彼はずっと店にいたのだった。
「…………変わっとらんけど」
嘘を吐くのが苦手な裕二は、思わず本当の事を答えた。将平がクスクス笑う。ああ、昔はこんな、こちらを揶揄うような笑い方はしなかったのに。
「……ねぇ、裕二さん、興味ない?」
「な、なんに?」
将平の手が、ゆっくりと裕二の腹をなぞり、するすると下に降りていった。指の先が、裕二の性器の根本に、布越しにそっと触れた。
「…………コレ、男のほうが上手くできるんだよ。気持ちいいとこが分かるから」
裕二は一歩後ずさった。裕二は、その立派な体躯を見てわかる通り、若い頃から喧嘩ならば負け知らずだった。しかし、かわいがっていた将平の前では拳を握ることさえできない。もしこれが将平でなければ、今頃、人間か服を着た肉塊かも分からなかっただろう。
「裕二さん、誰かにしてもらったことある?」
「か、彼女……昔の……」
「……へぇ。いつも受け身の女なんかより、俺のが絶対上手いよ」
将平は、なんだか少しだけ不機嫌そうに見えた。彼はゆったりとした動きで、指を裕二の性器を挟むように滑らせる。
「……ほら、ここを擦って……、ここも気持ちいいかな。……さきっぽのとこもゆっくり……」
裕二の喉がこくりと鳴る。それを見てから、将平は裕二の耳元で口を開いた。
「……ねぇ、興味ない?」
駄目だと思った。手を出せば、自分が後戻りできるはずがないと、裕二は分かっていた。
「…………直接触ったり、せんなら……」
将平が、悪い顔で微笑んだ。
将平の舌が、裕二の口内を堪能するように動く。歯も歯茎も舌も、全てが将平の手の内に落ちていくような心地がした。
「…………ン、ふ、………んん……」
「裕二さん、そういう流されちゃうとこ駄目だと思うよ」
「……お前、が……!」
「…………ふふ、俺のせい?」
将平は、裕二の性器を服の上からなぞる。うっすらとしか感じられない快感は、じわじわと身体を蝕んでいくようだった。
「……はぁ、……んッ、……んん……っ」
「硬くなってきた。気持ちいい?」
裕二は小さく首を振った。
「……焦れ、る……」
「あは、そりゃ、焦らしてるからね」
ゆっくりと快感が腹に染みていく。
不思議なことに、今は将平の手のひらより、キスのほうが気持ちがいい。他人の体温をしていた将平の舌が、だんだんと自分のものと同じ熱さになっていく。境界線が溶けるように、緩やかに糸が解けるように、舌が絡まる。
もっと、もっと深くまで。
快楽を求めて、思わず将平の頭に手が触れそうになって、ぐっとこらえる。将平は、ちらりと裕二を見ると、右手で彼の後頭部を握りこみ、そのまま手を首に滑らせた。うなじに指が滑ると、勝手に裕二の体がびくんと飛び跳ねた。
「……将平……っ」
「なに?」
将平の、綺麗な顔がすぐそこにある。甘ったるい色をした髪に、澄んだ肌。光るヘーゼルの瞳が、今自分を真っ直ぐに見ている。
「ズボン、脱ぐ、けん……、キスせんで……」
「……ズボン?」
「汚れたら、いかんやん……」
「……わかった、いいよ」
将平はもう一度短くキスをしてから、裕二を解放した。裕二は、ゆっくりとズボンを引き下げ、その場に投げ捨てた。
将平は裕二の身体をしばらくまじまじ見つめて、やっとのことで裕二の唇にキスをした。
「……パンツ、もうシミになってる。裕二さんって感じやすいの?」
「…………ッ、ン……っ」
「ほら、先の方とか、もうじゅくじゅくだよ」
「だって、……将平が……、や、やらしく触るけん……」
「そうだね、これは俺のせいだ」
将平はくつくつ笑って、裕二の性器を布越しに扱く。先端を手のひらで擦られ、裕二はピクピクと反応した。
「裕二さんの、もうぐちゃぐちゃいってる。ね、聞こえる?」
「き、聞こえん! ……聞こえん……」
この静かな田舎町の、静かな一軒家で、唯一立っている音が聞こえないはずがない。将平はまたクスクス笑って、右手で裕二の耳を撫で、指でクリクリと弄んだ。
「そう? 気持ちよさそうな音してるよ」
「聞こえん、やめろ、せからしか……!」
裕二が将平の腕を払う。将平は、少し残念そうな顔をした。
「……ね、裕二さん、パンツ脱ぎたくない?」
「は……」
将平が、裕二の性器を、触れるか触れないかの距離で撫でる。
「…………ん……っ」
「ほら、やっぱり握って上下に扱いたほうが気持ちいいでしょ。でも、パンツ履いたままじゃむずかしいし」
「けど、約束……っ、やったやろ……っ」
確かに、直接触れないという約束はした。けれど、そんなもの建前だろう。まさか、ここまで来て本当に触らせないつもりなのだろうか。将平は心の中で、ありえないと文句を垂れた。
「……だからわざわざきいてるんでしょ。このままでも裕二さんがイけるんなら、いいんだけど」
わざとらしい手つきで、将平は裕二に弱い刺激を与え続ける。裕二の腰がぴくぴくと跳ねて浮いた。
「ふ、……っ、……ん、ぅ゙……」
「ねえ、本当に直接触ってほしくないの? ……残念だな、もっと気持ちよくなれるのに」
「……ん、……っ、……は…………っ、ン、……っ! は……っ、ぁ……」
「ねぇ、裕二さん」
将平の指が、下着のゴムの下に入り込む。そのまま下腹部をゆるゆると滑るが、決して性器に触れようとはしない。
もう既に、裕二の性器は完全に勃起してしまっていた。下着は先走りで濡れているし、勃起した性器のせいで、布がピンと張ってしまっている。
あと少し、あと少しなのに、将平は、触れようとしない。彼はおそらく、もうこれ以上触れる気がないのだ。
裕二が堕ちてくるのを、じっと待っている。
「しょうへい……」
「……うん?」
「…………っ、直で触って、将平……」
裕二は、声を震わせてそう言った。
将平が、ニヤリと笑って彼の下着をずりおろし、右手で既に勃起した性器を掴んだ。
「……っ、ん、ンン……!」
「裕二さんのちんこ、先走りすごいね。ほら、ぐちゃぐちゃいってる。気持ちいいね」
「……は、っ……、は、……っん」
筋肉のついた胸を、ゆっくりと左手でなぞられる。背中がゾクゾクと震えた。男のほうが気持ちいいというのは、あながち間違いでもないようだ。
すぐに、身体にゾッと深い刺激が走り、裕二が、身体をぐっとのけぞらせた。
「は、は、……っ、将平……ッ」
「イきそう?」
将平は手の動きを少し緩めて尋ねた。
「イく、……手、離せ……っ、自分で、する……っ」
将平は何も言わず、そのまま手の動きを荒くした。先程少し緩められたせいで、余計興奮が急き立てられる。
「っ、イ゙……っ、イく、イくけん、手ば離せ……っ、将平、イく……ッ、イ゙く、ぅ゙……ッ!」
その時、ぱっと将平の手が離れた。興奮だけがバチバチと身体を駆け抜け、腰が浮く。裕二の性器は精液を吐き出さなかった。
「…………っ!? は、……っぁ……。……は、……はぁ……、なん、で……」
ぴくぴくと跳ねる裕二を見て、将平が微笑んだ。
「……裕二さんが素直にイくって教えてくれたから、意地悪したくなっちゃって」
「将平、おま……、あ゙……っ!?」
将平の手に性器を掴まれ、思わず声が漏れる。やっと熱が冷めてきたところだったのに、また性器を握られて、先程抜けきれなかった快感がすぐに蘇る。
「大丈夫、ちゃんと気持ちよくなれるから。……そんじょそこらの馬の骨と同じやり方じゃ困るでしょ」
「ァ、あ゙、……待゙っ……待て……っ」
今度は先程より早く快感が募る。裕二は思わず喘いだ。
「あ゙、イく……っ、イく、イ…………ッ!」
将平は再び手を離す。今度は、裕二は体を仰け反らせ、ビクビクと痙攣した。
「っゔ……っ、あ゙……、は、ぁ……っ」
「…………えろ」
将平が思わず呟いた。裕二が将平を睨むように見ると、将平は恍惚とした表情で笑った。
「は、将平……っ、お前……ッ!」
将平は、性器を握ると、先程よりもゆっくりと手を動かし始めた。敏感になった性器は、ゆっくりとした弱い刺激でも簡単に先走りを垂らす。じくじくと、腹が膿んでいく。
「……は、お腹びくびくしてる。……すげぇ、腹筋綺麗だね……。裕二さん身体鍛えてるんだよね?」
「あ゙……ッ、さわ、触るな……、……っ」
腹を撫でられるだけで、頭がどうにかなりそうだ。
将平が、ゆるゆると性器を扱く。さっきまでの強い刺激とは格段に違う。達せそうで達せない。萎えてしまうことはないのに、達するには刺激が少なすぎる。
「……しょうへ、それ、イけん……ッ!」
裕二の目に涙が溢れている。将平はそれを拭い取りながら、裕二にキスをする。
「イきたい?」
「イきだ……っ、イき、たい……っ」
まるで、ずっと射精直前の快感を浴びせられているような心地で、耐えきれなくなった裕二は躊躇うことなく淫語を口にする。
「……イぎたい゙……っ、イ゙き、だ……ッ」
裕二は、将平の腕をぎゅっと掴んだ。腕に爪を立てられ、将平が少し眉をひそめる。
「……おね、がい……っ、イかせて、しょう、ちゃん……っ」
しょうちゃん。その言葉に、将平は、ゾクゾクと体に興奮が走ったのを感じた。
「…………はあ。だめだ、……裕二さんかわいい」
全く、とんだ性癖を開拓させられたものだ。将平はにやりと笑って裕二の性器を握り、逆の手のひらで先端を擦った。
「……あ゙ッ! あ゙ぁあ、あ゙、イ……ッ」
「…………いい声だね」
恥もプライドも知らないような声。将平は裕二の性器を、より強く刺激した。
「イぐ、イ゙……っ!? あ゙、イ゙ッ……ちゃう、いぐ、イく、しょうへ、いぐ、いぐ……ッ、イぐ、イぅ……ッッ!!」
大量の精液が、溢れて飛び散る。やっと訪れた射精に、裕二は頭が真っ白になった。
「ぅ……ぁ、…………あ゙、ァ……」
「…………最高」
将平はニヤリと笑うと、再び性器を扱きはじめた。裕二は驚いて、将平を見た。彼のヘーゼルの瞳は、獣のように爛々と輝きながら、裕二を見ていた。将平の手を止めようと、重たい腕で彼の胸を押す。
「……あ゙、だ、め……もうだめ、動かすな……ッ。ほんとに、無理……むり、けん……」
「……ほんとに?」
「無理……。しょうちゃん、やめて……」
裕二はふわふわとした頭で答えた。
本気でやめろと言われては仕方がないと、将平はおとなしく手を止めた。裕二の身体が、まだびくびくと痙攣している。
「………は、……っ、ぁ……」
将平は腹に飛び散った彼の精液を拭い取り、それを指で弄んだ。
「たくさん出ちゃったね。溜めちゃ駄目だよ、裕二さん」
「……だ、って、お前おる、とに、……どこで……」
「それもそうか。……別に俺は気にしないのに」
将平の指が、裕二の腰をなぞる。裕二が小さく喘いだ。そのまま、指は尻の間にすっと滑る。
「……な、んば……!」
裕二は驚いて、将平の胸を叩いた。
「どこば触りよっかお前!」
叩かれた将平は、キョトンとした顔で首を傾げている。
「……どこって……、ああ、裕二さん知らない?」
「な、んば……?」
「男はお尻で感じられるんだよ。アナルセックス……それは知ってる?」
アナルセックスなるものは知っている。しかし、それは少し奇抜なアダルトビデオで、稀に見るくらいのものではないのか……? そんなアブノーマルなことを、自分はさせられようとしているのか?
「……せん! 俺 はせんけんな!」
裕二は、ジタバタ暴れて、将平から距離を取ろうとした。将平が両手を上げ、降参のポーズを取って笑う。
「はいはい、分かった……、わかったよ」
裕二はそばにあったティッシュを取り、自分の腹や足についた精液をぬぐい取った。ちらりと将平の下半身を見ると、彼の性器が勃起しているのが分かって、目をそらした。
「……ねぇ、裕二さん」
将平の、柔らかく、心臓を撫でるような声がした。
「…………気持ちよかったでしょ」
裕二はふいとそっぽを向き、床に飛び散った精液をティッシュで拭き取っていった。
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