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第三話「When the Cat's Away,...」
「あの、お兄さん体調でも悪いんですか?」
「え? ……ああ、いやいや、ちょっと寝不足なだけですよ」
裕二は困ったように笑う。女性客は小首を傾げて不思議そうにした。
寝不足にもなるだろう。なにせ、昨日は朝から一日中、将平の手で、何度も射精させられ続けたのだから。
朝起きてすぐ、朝立ちを無理矢理扱かれ、昼になる前にまたソファーで襲われた。昼ごはんのあと、茶碗を片付けていたときにはキッチンで立ったまま。夕方ソファーの上で再び射精させられたときには、もう、なかなか達せなかったし出たものも薄かった。
夜だけは、いつもの「“明日朝早いから”ガード」で切り抜けたが、一体どこに彼のスイッチがあるのか分からない。ところ構わず手を出してくるし、立ったままで姿勢がきつかろうが、ソファーを汚さないようにこちらが身体を踏ん張らせようが気にしない。おかげで、裕二は身体の痛みを感じながら仕事をする羽目になった。
「いかんですよ、この年でちゃんと寝らんやったら、次の日がばキツかですて」
「お大事になさってくださいね」
「ええ」
なにより、一番怖かったのは将平のテクニックだ。アイツに指の一本でも触れられれば、途端に身体の力が抜ける。こちらにその気がなかろうが、何度目だろうが関係ない。
「…………なんなんアイツ……」
裕二は大きくため息をついた。あまりの身体のだるさに、裕二は店の奥の椅子に腰掛けた。
夕方頃、店のシャッターをおろしていたとき、将平から連絡が届いた。なんでも、会社で歓迎会があるから遅くなる、とのことだ。
「……遅くなる」
裕二は心の底からホッとした。今日こそは、邪魔されずさっさと寝れてしまうわけだ。裕二は店を閉めると、足取り軽く二階の自宅に上がっていった。
将平は、裕二の就寝時間になっても帰ってこなかった。どうやら本当に遅くなるようだ。自分の歓迎会で、早く帰るわけにもいかないだろうが、それでも、彼ならなんだか、同僚をほっぽって帰ってくるような気がした。しかし、彼はアレで世渡り上手でもある。きっと、それなりに機嫌は取ってくるのだろう。
裕二は布団の中でそっと目を瞑った。そういえば、将平は、どこであんなテクニックを得たのだろう。今まで誰かと付き合ったことがあるのだろうか。それとも、都会の風俗や何かだろうか。もしかして、本気で自分だけを嫁にするつもりで生きてきたのではないだろうな。だとすれば、将平はとんだ大馬鹿者だ。裕二は腕を額に置いて、薄く目を開いた。
一昨日のアレは気持ちが良かった。久しぶりに他人に触れられたのもあったかもしれないが、将平に触られるのは、今までの誰より良かったように思う。彼の言う通り、勝手を知っている男の手は、死ぬほど気持ちがよかった。
何より、彼の目。彼は、あの、熱のこもった瞳で、身体を突き刺すように見る。ギラついた獣のようなヘーゼルで、自分の奥深くを狙っているのがわかる。
「…………いかんて……」
裕二はため息をついた。自分の性器が緩く主張しているのだ。将平のことを考えるんじゃなかったと、心の中で後悔した。
知らないふりをして寝てしまおう。明日の仕事の事を考えよう。明日は土曜日だ、いつもより少し忙しくなるはずだ。はやく、はやく眠ってしまおう。
けれど、寝よう寝ようとすればするほど、身体の燻りが気になってくる。よせばよいのに、裕二は身体をうつ伏せに近い形にして、性器を緩く布団に擦り付けた。
「……ん、は、……は、………っ」
もういっそ、一度出してから寝てしまったほうが効率的かもしれない。裕二はそう思った。将平は帰ってこないし、誰も咎める人はいない。けれど、手を出せば、なんだか、昨日一昨日の将平に負ける気がして、裕二は布団に性器を擦りつけ、弱い刺激を繰り返していた。
「……明日も朝早いんでしょ」
「うわ!?」
突然降ってきた声に、思わず身体が飛び跳ねる。裕二は布団に寝転がったまま、恐る恐る振り返った。
「びっ……くいしたぁ……」
「なにしてるの?」
将平が、枕元にしゃがみこんで尋ねる。少し頬が赤く、酒の匂いもした。将平は裕二の額に人差し指をそろそろと当てて、柔らかく微笑む。
「…………ふ、裕二さん、そんなアブノーマルなやり方するの? 駄目だよ、それ、危ないんだから」
酔っているからなのか、将平は、いつもより少しだけ楽しそうだ。裕二の首元に、将平の指が滑る。
「……朝早いのに、こんなことする暇があるの?」
「いや、えっと……」
将平の指は、裕二の耳に滑った。くにくにと押されたり引っ張られたりして、裕二は思わず足を擦り合わせた。
「それとも、昨日あれだけやったのに、また今日もやりたくなっちゃった?」
将平はいたずらっぽく微笑む。裕二は何も言わずに俯いて、将平の手を払った。手を払われた将平は、懲りずに彼の耳に指を滑らせて微笑んだ。
「……ふ、えっち」
将平の声に色がこもっている。熱を帯びた甘い色が。また触られる。また、死ぬほど好きにされて、それで……。
「……じゃあ、俺シャワー浴びてるから、その間に片しちゃったらどう?」
「え……」
「仕事ある日の前の夜は触らないでほしいんでしょ? 分かってるから。俺別に、裕二さんに嫌われたいわけじゃないし」
「じゃあなんでいつも夜……」
「だって、あんなにかわいく反応されたら、からかいたくもなるでしょ?」
将平は子供のようにくつくつ笑った。
彼は、宣言通り本当に何もせず、風呂場へ向かってしまった。しばらく経って、シャワーの音がし始める。
裕二は、ゆっくりと性器を握りこんだ。もうこうなれば、さっさと達してしまおうと、竿を上下に荒く扱く。じわじわと、熱が昂っていく。
風呂場からは、将平の立てる音が、ひとつひとつ聞こえてくる。将平がいる。それだけで、昨日の興奮が蘇る。頭がくらくらする。
「……ッ、ふ、……っ、ぁ……」
性器は勃起し、先から先走りが溢れていた。風呂場では、絶えずシャワーの音がしている。
「は、ぁ……っ、ん、ン……」
おかしい。裕二は、親指で性器の先端に触れた。それから、集中的にそこを擦っていく。
「……は、は、……はっ。ぁ……ぁ……、っは」
おかしい。快感はあるのに、気持ちがいいのに、何故か達せない。
何か違う。昨日や一昨日はもっと気持ちが良かった。頭が真っ白になって、何も考えられなくなって、とにかくただ気持ちが良かった。しかし、今は、足りない。まるで足りない。もっと、気持ちよくなりたいのに。
「まだやってるの?」
「しょう……!?」
いつの間にか、シャワーの音は消えていた。
将平は歯を磨き、ドライヤーでさっと髪を乾かしてから、すぐ布団に入った。並べた布団。背中合わせで、すぐそばに、将平がいる。熱だけが、身体に篭もる。
「……あれ、やめちゃうの?」
「だって、お前帰ってきた、けん……」
「俺はいいのに」
将平はそんなことを言った。それだけで、彼は身じろぐこともなかった。
身体は熱を持ったまま、じくじくと膿んでいる。心臓が、バクバク音を立てている。
「将、平……っ」
「……なに?」
思っていたより、優しい声がした。将平に背を向けたまま、裕二は首まで真っ赤にさせて呟いた。
「触っ、て……」
将平は、裕二の首に指を触れ、それからスルスルと背をなぞった。
「……へぇ、もしかして一人でイけなかった? 裕二さん、自分のちんこ、自分でイかせられなくなっちゃったの?」
将平は、待ってましたとばかりに意地の悪いことを言う。裕二はゾクゾクと背筋が痺れた。
「……っ、ぁ、そう。そう、けん……っ、将平、触って……っ」
「……ほんとかわいい」
将平は、背中側からするりと下着の下に手を入れた。ピッタリと身体を密着させて、うなじに鼻を埋めて喋る。
「……ふふ、ドロドロじゃん」
「…………あ、あ゙……!?」
将平の手が動く。見えない分、動きの予測がつかず、余計に興奮する。
将平は、右手を素早く上下させ始めた。
「あ゙……ッ!? あ、あ゙ァ……っ! なんで……、そやん、荒くすんな……っ! ……だめ、……将平、しょうへい……っ!」
「早くしなきゃ寝る時間なくなっちゃうでしょ。パティシエの朝早いんだから」
将平は善意でやっているのだと、その時裕二は気がついた。さっさと出すだけ出して寝させてあげようとしているのだ。けれど、それは裕二の求めていたものではなかった。そんなところで無駄な優しさを発揮するなと裕二は心の中で将平に文句をつける。なにより、これでは刺激が強すぎる。
「……嫌、いやだ、あ゙……っ! こんなん、いかん、すぐ……っ! 将平、だめ、これ、すぐ、イぐ……ッ、イぐ……っ、あ゙、っ、イ゙、イぐぅ……ッッ!! ……ぁ゙、あぁ………ッ」
ドロリと、下着の中に欲が吐き出される。裕二は腰を緩く動かした。
「ホントにすぐイッちゃったね。大丈夫? ごめんね、パンツ洗わなきゃ……。布団無事かな」
将平が裕二の性器から手を離し、布団をめくろうとしたとき、裕二の身体が、不自然に揺れているのが分かった。
「…………何してるの?」
「分から、ん……っ、ン、んぁ……っ」
足りない。もっと、馬鹿になるくらいイきたい。気持ちよくなりたい。
「…………裕二さん……」
将平は、裕二の腕に手を触れ、するりと下ろしていく。なぞり、確かめるように。
裕二の手は、自分の性器を弄っていた。将平は、ゾクゾクと、確かな興奮を覚えた。思わず頬が緩む。
裕二が、目に涙をためて呟いた。
「しょうちゃん、俺 ……、おかしゅなってしもたとかな……?」
将平はしばらく黙りこくっていた。
「……将、平?」
裕二の不安そうな声がする。将平は大きなため息をついた。
「はー、かわいい。どうしよう、ホントに」
「……将平? 俺……」
「ほら、そんな手じゃイけないでしょ、さっきイったばっかりなんだから」
将平の手が裕二の腕に触れる。将平が、裕二の首元に頭を持ってきて、耳元で囁く。それだけで、身体の熱が上がるのがわかる。
「……ほら、手持っててあげるから、自分で擦ってみて」
「……ぁ゙、く……、あ゙、ぁ……」
達したばかりで敏感な性器は、少しの刺激でも身体が飛び跳ねそうになる。たまらなくなって、裕二は手を幾度も止めた。ぎこちなく動く裕二の手を見ていた将平が、とうとう手を掴んで無理やり動かした。
「あ゙ぁあ……ッ!? 将平、嫌、ぁ゙、あ゙ぁ……!」
「もっとしっかり扱いて。手を止めないで」
「けど……ッ、しょうへ、っ、止めにゃ、おかしゅなっちゃいそう……ッ」
「止めない」
将平の声が低く、彼の興奮が伝わってくるようだ。裕二はゾクゾクと腰がしびれて、腹の奥がジンとした。
「……あ゙、ぅぁ……、無理、むり……っ! しょうへい、無理、俺……ッ」
射精とは違う感覚がせりあがり、裕二は力ずくで、将平に掴まれていた手を離した。しかし、裕二が手を離した途端、ぱっと腕が開放され、今度は将平の右手が直接性器を握りこんだ。
「……あ゙……ッ!? しょうへ……、無理、ホントに無理て……ッ。ちがう、ちがうとがく……っ」
「……うん、気持ちいいね」
裕二は将平の手を離そうと、その腕を掴んだ。しかし、引き離すほどの力が入らない。
「あ゙、あ゙ぅ……でる、れ゙、る……ッ、ぁ、やめで、やめでしょうへ…………っ!! あ゙……ッ!? あ゙ぁあ……っ!!!」
性器から、精液とは違う、大量の液体が噴き出した。裕二の身体が、ビクビクと飛び跳ねる。
「……あ゙……ぁ……あ……」
「……わ、大丈夫? ごめん、潮吹きだと思わなくて……」
潮吹き。将平に言われてから、裕二は酷く恥ずかしくなった。そうだ、自分は今……。
「……ぁ……は……、ぁ……あ……」
「大丈夫?」
裕二の目が潤んでいるのを見て、将平が心配そうに尋ねる。布団を退けると、布団と敷布団はビシャビシャになっていた。
「……俺、おかしゅなっとる……」
裕二はぽろぽろ涙をこぼした。将平は裕二の頬にキスをすると、優しく微笑んだ。
「…………おかしくないよ、かわいかった。見せてくれてありがとう」
裕二はふっと微笑んだ。だんだん、目が開かなくなってくる。どっと疲労感が押し寄せた。
「……裕二さん。……裕二さん?」
将平の呼びかけに答えることもできないまま、裕二は、ぱたりと眠ってしまった。
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