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第五話「Sly Cat in the Meal」
夕飯の支度をしていると、玄関の扉が開く音がした。しばらく経って、階段を登ってくる、将平の足音が聞こえてきた。
「おかえり、将平。遅かったやん」
火を止めて菜箸を置く。将平がネクタイを緩めながらこちらへ寄ってきた。
「……ただいま。……ちょっと不動産寄ってたから」
「不動産?」
「家探してるんだよ。家見つかるまでの間って話だったでしょ?」
「あ……、あぁ、そうやったね……」
てっきり、将平のことだから、そんなものなし崩しにするつもりだと思っていた。まさか本当に探しているとは。
「ご飯できとるけん」
「ありがとう。俺、裕二さんのご飯大好き」
「手ば洗わんね」
将平はするりと裕二の服の下に手を入れる。腹を撫でていた指が、上に向かって滑ってきて、胸の突起を摘んだ。
「っ、……ご飯って言いよるやろ」
「裕二さん、今日はお店のエプロンのまま料理してるんだね。かわいい」
「ご飯!」
裕二が腕を軽く叩くと、将平は不満げな顔をした。シンクで軽く手を洗うと、食器棚の方へ去っていった。
二人は食事を終え、交互に風呂に入った。一息つこうと、裕二がマグカップを電子レンジにかけたとき、将平が机に突っ伏してため息をついた。
「……明日はせっかくお店の定休日なのに、俺仕事なのしんどいなぁ」
「将平休みやないと?」
「俺休みランダムだからね」
ホットミルクの入ったマグカップを両手に持って、裕二が机に戻ってくる。
裕二は、将平が明日仕事であることを、半分くらい喜んだ。
「……なら、俺 も明日はゆっくりできるったいね」
「……そうは言ってないでしょ?」
将平が楽しそうに笑う。裕二は恐る恐る、将平の目を見た。
「まぁ、やるかやらないかは裕二さん次第。俺は強制しないけどね」
裕二はこくりとホットミルクを飲み下した。
「お前……っ、わざわざバスタオルとか買 うてきたとか……っ」
「毎日毎日敷布団カバー洗うわけにはいかないでしょ」
将平は自分の意見がさも正しいかのようにそう言った。布団には、敷布団の上にしっかりと分厚いバスタオルが敷かれている。これでは、最初からそのつもりでいる人間の布団ではないか。裕二は恥ずかしくなり目を逸らした。
「ま、毎日毎日せんかったらよかやろうもん」
「裕二さんが勃たなかったら俺だってやらないよ」
将平は裕二の股間に躊躇うことなく手をやった。
「……ふ、ふふ、ねえ、何想像したの? もう硬くなってるね」
「い、言わんでいい……」
「こんなに毎日イッてたら、裕二さんおかしくなっちゃうね」
「…………もうおかしゅうなっとうやん……」
裕二が、泣きそうな目でそう訴えた。将平が愛おしそうに微笑む。
「……ふふ、かわいいよなぁ」
「お前、かわいかわいって、俺ば何と思っとるとかて……」
「裕二さん」
「俺はかわゆぅなか……!」
裕二が呆れたように言うので、将平は真剣な顔で裕二をじっと見つめた。
「……かわいいよ」
「…………っ、お前……」
裕二がたじろぐのを見て、将平はくつくつ笑った。
「そういえば、昨日俺がお店にいたとき、お客さんが俺をすごいかわいいかわいいって言ってたね」
「……そりゃ、お前は昔かわいがられとったけん……っ」
「裕二さんも、まだ俺がかわいい?」
将平はニヤニヤ笑った。どうせ、さっきみたいに「かわゆなか!」と怒ったような口調で言ってくるのだろう。
「……かわいかよ。かわゆなからんば、こやんと許せんやろ」
裕二が、将平の頭をそっと撫でる。将平は、不満げに目を逸らした。
「…………じゃあ、そんなかわいいしょうちゃんのおねがい」
将平は裕二にずいと顔を寄せた。
「……明日は、家事は俺が全部しておくから」
将平は、懐から何やら不思議な形の器具を取り出して、にやりと笑った。
「裕二さん、興味ない?」
「なか……!」
とりあえず否定しておかねば、流される気がした。嫌な予感がする。将平が、耳元でくつくつ笑った。
「なんの道具か分かる? 分かんないと思うけど、これエネマグラっていうやつでね」
将平はするりと裕二の腰をなでてから、筋肉質な尻を掴んだ。
「……ここに入れるの」
「む、無理!」
裕二は即答した。あまりにも早かったものだから、将平は呆気にとられた。
「……無理? 無理ってどういうこと?」
「……無理は、無理やろもん……」
「できないってこと? したくないってこと?」
将平は裕二の腹をするりと撫でた。裕二の肩がぴくぴくと跳ねる。将平は、裕二のへその下のあたりをぐっと押し込んだ。
「…………裕二さんのここに、ちんこよりもっと気持ちいいところがあってね」
「無理て……言いよるやろ……」
「俺は無理強いはしないよ」
嘘だ、なあなあにして嵌めようとしているくせに。裕二は睨むように将平を見た。
「…………だって、ソレ……、尻に入れるとやろ?」
「そうだよ」
「……入らん、やろ……」
裕二がそう言うと、将平は少し嬉しそうに裕二の側に寄ってきて、胸を触った。
「できないってこと? やりたくないんじゃなくて」
「や、りたく……。待て、将平、触るなさ……」
将平に少し触られただけで、裕二はぴくぴくと小さく跳ねて腰を浮かす。将平はゆっくりと性器に手をかけた。既に性器は完全に勃起している。
「裕二さんは前でこれだけ気持ちよくなれるんだから、きっとここ使ったら、もっと気持ちよくなれるよ」
将平の声は、脳を溶かすような心地がする。
「……やってみる?」
裕二が、コクリと頷いた。
次の日の朝、裕二は朝食直後から、将平に振り回された。
「浣腸までするとか聞いとらん……」
「念の為ね。見てないんだから許してよ」
「そもそも見るもんじゃなかろうが!」
裕二の反論など、彼はきいていない。昨日からリビングに放置されていたビニール袋から何か取り出して、その箱を開ける。将平は、中から取り出したビンを、裕二に投げて寄こした。
「裕二さん、これ飲んで。1錠」
「なんこい」
いつまでも危機感の薄い裕二は、とりあえずといった調子でそれを飲んでしまった。
「飲んだ? それ媚薬」
「ゲホ……ッ、なんて!?」
「確認してから飲みなよ……」
さすがに、将平が苦笑いを浮かべた。
「……おま、なん……ッ」
「だって裕二さん気持ちいいの好きでしょ?」
裕二が言い返せないでいると、将平がちらりと時計を見た。
「まあそんなに長くは続かないから、気にしないで」
将平はそう言って、指に何やらサックのようなものをはめた。箱に「指用コンドーム」の文字が見えて目をそらす。
「……なんしよ? はよ仕事行けさ……」
「え、エネマグラ、裕二さんに入れてから行くけど……」
なぜそこまで、さも当然のことのようにおかしなことを言えるのか。
「もうどやんでんよか……」
裕二は彼に抗うことをあきらめた。
玄関の扉を開き、将平は振り返る。裕二の身体に指を滑らせて、彼の顔を少し楽しそうに見上げた。
「俺が帰ってくるまでこのままにしてね。……本当に大丈夫?」
「…………大丈夫て。遅れるばい」
「じゃあいってくるね」
「いってらっしゃい」
大丈夫。媚薬の効果はまだ感じないし、長くても数時間で切れるはずだ。大丈夫。裕二は、心の中でゆっくりとそう繰り返した。
将平は、普通に過ごせばいいと言っていた。そのうち良くなるからと。しかし、昼ごはんを食べるにはまだ早いし、この尻の違和感のまま仕事の事を考える余裕はない。何をすればいいのか分からなくなって、結局、裕二は布団に入った。休日など、二度寝してしまうのが無難だろう。
エネマグラというものは、違和感こそあれ、特に気持ちのいいものではなかった。どちらかといえば、将平に与えられた媚薬の方が気になってしまうくらいだ。
しばらくは、布団に入ったが完全に寝ることはなく、ただ携帯をいじって暇をつぶしていた。媚薬は遅効性らしく、30分ほどは脳を誤魔化して過ごせた。しかし、それ以上は、誤魔化すのはなかなか難しかった。時間が経つにつれて、ゆっくりと身体が火照っていくのが分かる。
一時間ほど経つと、流石にごまかしのきかないレベルまで身体が昂っていた。
「……は……っ、ぁ」
足を擦る。ぴくぴくと身体が反応する。
自身の性器にそっと手をのばす。そこは既に緩く主張をしていた。裕二はゾワゾワ身体を震わせた。この前は一人で絶頂に導くことさえできなかった。また中途半端になったら、それこそ地獄だ。けれど、だからといってこのまま燻らせてもいられない。
「は、……っ、ン、……んっ……」
将平はどうしていただろう。裕二はぼんやり思考した。彼は行為こそ乱暴だが、手つきはやけに繊細で、これだけのことをしておきながら、自分を壊れ物のように丁重に扱う。愛おしみ、慈しんでいるのが、ひしひしと伝わってくる。そして、それだけ大事に扱うくせに、こちらが少しでも煽れば、彼は簡単に理性をなくしてしまう。
彼は、本気で自分を好きなのだと、嫌でも実感する。
「……は、……っは」
何がいいんだろう。かつてはイケメンだなんだと持て囃されたが、今やただの人生も折り返したような売れ残り。毎度子供に怖がられるくらいには身体も大きいし、普通男の求めるような柔らかさがあるわけでもない。
幼い頃からの執着か、単なる彼の意地か。
「将、平……」
将平のことを考えだした途端、腰がずぐりと重くなった。しかし、まるで彼に焦らされているときのように、熱が燻ってしまう。
ふと、隣にある彼の布団が目に入った。ごくりと喉が鳴る。ズルズルと身体を引きずるようにして彼の敷布団に乗ろうとすると、ご丁寧に、布団の上にバスタオルがひいてあった。
「あのやろ……ッ」
頭がぼうっとしてきて、とうとう彼の枕に顔を埋めるようにして、バスタオルの上にうつ伏せになった。将平の匂いがする。ずくんと腰が疼いた。
「っ、……あ゙、しょうへ……、ぁ、ぁ……ッ」
どんどん息が上がる。性器の先から、透明な液体がとろりと溢れる。気持ちがいい。媚薬のせいなのか、身体はピリピリと常に敏感になっている。性器の先を指の腹でなぞると、彼の匂いも相まって死ぬほど興奮した。
将平なら、まだ駄目だと笑うだろう。彼はあのかわいい顔で存外趣味が悪い。何度も何度も射精を止めて、やっと開放する。最後には、もう右も左も分からなくなって、ただ将平にされるがままになってしまう。そんな裕二を見て、「かわいい」と笑う、悪趣味な男だ。
「ぁ……イく、イく……」
媚薬の効果か、久しぶりに自分の手だけで射精感が湧き上がる。腰が反り、手は枕を強く掴む。
将平が来る前の、ただの処理だった頃の射精とは訳が違う。快感に耐えられなくなり、枕を掴んでいた左手がガサガサとバスタオルを引っ掻いた。
「イ゙……く……ッ」
射精しそうになり、裕二が性器から手を放したとき、突然、腹を何かが圧迫した。
「ゔ、ンン……ッ!? あ゙……っ、あ゙、……ッ!?」
今まで自分でしていたときより、激しく精液が吹き出す。ティッシュも手も間に合っていない。タオルの上に、大量にパタパタと白濁液がこぼれ落ちる。
「……かは……ッ……あ゙……ぁ……」
エネマグラだ。エネマグラが、腹の中から、じんと痺れる場所を押している。
エネマグラは、裕二の前立腺をぐっと刺激し続ける。あまりの快感に、背が仰け反った。
「あ゙……だめだ、……これ、イイ、ぁ、あ、気持ち、ぃ……ッ」
目がくらむ。何が起きているか理解ができない。ただ、触っていないのに、腹が押され続けて、勃起がおさまらない。
「いかん、なん、なんも……しと、らん……、今イった、イ゙っ……た……ッ」
頭がチカチカする。身体はびくびくと大きく跳ねて、その度に、ソレは射精感を連れてくる。
「あ゙……ッ、ぁあ、イく、またイぐ、だめ、イぐ、イく……イぐ……ッ!! って……、ぇ……ッ」
頭はまだ射精の準備をしていないのに、勝手にドクドクと白濁した液が溢れる。自分が絶頂するタイミングが、自分で分からなくなってくる。
「あ゙ぁ、あ゙……ゔ、……ゔ、ぁ」
これは駄目だ。裕二は直感した。将平には後で謝ればいい。とにかくこれは、このままにしていてはいけない。
裕二がエネマグラを引き抜こうとすると、少し指が触れただけで、ソレは腹を強く突き刺した。
「ゔ、ン゙……!? あ゙……っ、かは、……ぁ」
身体がガクガクと震え、裕二はのけぞった。気持ちがいい。媚薬で燻る身体が、どんどんおかしくなっていく。エネマグラが、すぐに次の射精感を連れてくる。
「あ゙、ゔ、……だめ、……イっ、イきたくな、おかしゅなる、今イっだら、だめ……ッ、イ、ぇない、イけ、な……ッ」
どぷ、と勢い無く精液が溢れ出る。射精したところで、快感は止まったりしない。
「あ゙……ッ!? ぉあ゙、あ゙ぁああ゙、でる、れる……ッ、あ゙ぁあ、助……げで……っ、あ゙ッ、あ゙ァああっ…………!!」
裕二の性器が、勢い良く透明な液体を吹く。足ががくがくとみっともなく震え、裕二は目を白黒させてもがいた。
「ッ……は、ぁ゙、……はー、……はー、っ、ゔぁ、ぁ……」
力の入らない指で、なんとかエネマグラの尻尾を掴む。次に襲い来るであろう快感に震えながら、そっとエネマグラを引っ張った。
「あ゙、あぁ……ッ!? あ゙ぁ……、戻っ、て……っ」
指に力がほとんど入っていないのか、力の抜き方が分からないために締め付けてしまっているのか、エネマグラは抜けなかった。それどころか、少し引っ張られて、また元の位置にピストンされ、更なる快感を生んでしまった。
「あ゙ー……っ、ゔ、……ぁ、……はっ、ぅ……」
今度こそと、うつ伏せのままエネマグラをひっつかむ。びりびりと腰がしびれた。
「あ゙ぁ……っ、だ、め……ッ、で、ちゃ」
裕二の足は、ガクガクと痙攣した。尻を上に突き出したようなはしたない格好で、裕二は泣きながらエネマグラをつかむ手と腹に力を入れた。
「は、出る、出る……っ! でる……!」
この状態で射精などすれば死んでしまう。裕二は本気でそう思った。
将平の枕を左手で抱きかかえ、エネマグラを強く握って、思い切り引きぬいた。
「あ゙ァア……ッ!? あ゙ッ……あ……ッ、あ゙……」
ぱたぱたと薄い白濁液がこぼれ落ち、続いて温かい液体がペニスからせきをきったようにあふれ出した。
「は、だめ、……布団……汚れ……、だめ、おしっこ、止まらん……」
力が入らなくなり、そのままその上に倒れ込む。その時、ガサッと、布ではない、何か紙のような肌触りのものに触れた。ほとんど意識のない状態で、なんとかよく見てみると、タオルの下に、ペットシーツがひいてあった。
「……あ゙い、つ……、ホントに……ッ」
裕二の意識はぷつんと途切れた。
部屋に人の気配がした。瞼がひどく重い。ふらふらと意識が覚醒したり落ちたりしている中で、将平が慌てているのが見えた。
「……あ、おはよう。ただいま、裕二さん」
「……おぁ゙えり……」
「声ガラガラじゃん、大丈夫? そんなに声出したの?」
将平が、裕二の頭をそっと撫でる。裕二はゲホゲホと咳き込んだ。
「おもらしまでしちゃって。俺がペットシーツ敷いてなかったら今頃俺の布団が大惨事だよ」
そうだ、コイツは、自分の布団にバスタオルでは飽き足らず、ペットシーツなどひいていきやがったのだ。裕二は、なんだか人間としての尊厳を傷付けられたような気がした。
身の回りは片付いていた。将平がバタバタしていたのはこれだろう。
「…………エネマグラ、取っちゃったんだ」
「……無理、やん、あんなの……」
「気持ちよくなりすぎちゃって怖くなっちゃった?」
将平はクスクス笑って、それから俯いた。
「帰ってきたら倒れてて、すごくびっくりした。ごめんね、まさかそこまでだと思ってなかったから。……酷い無理させちゃった」
将平が、裕二の額を人差し指で撫でる。裕二はまだぼんやりとした頭で将平を見上げた。
「ご飯食べる? お腹空いた?」
「いらん……」
「……だよね。寝てていいよ、他のことは俺がやるから。お店、今日やり残したことある?」
「なか。……あ゙ー、身体んがば痛か……」
「湿布貼るよ、どこが痛い?」
将平は自分の仕事鞄の近くにおいてあるビニール袋から、ガサガサと湿布を取り出した。この丁寧な扱いといい、後始末といい、どうやら随分反省しているようだ。裕二はため息をついて目を閉じた。
「よか、もう寝せろ」
「……うん、分かった。ごめんね、裕二さん」
将平は裕二の頭をそっと撫でて微笑んだ。
「……でも、お尻でそんなに気持ちよくなれちゃうなんて、裕二さんは持ってるよ」
将平の言葉を聞いて、裕二は将平の足をはたいた。
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