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第2話 修学旅行二日目
五月十一日 晴れ。
修学旅行二日目。
昨日の夜は同室のやつらに、何で橋田と別れたのかと質問攻めにあった。どうやら橋田は割とモテるらしくクラス内にファンもいたらしい。一部男子からも迫害されたのはそれが理由だったのか。オレがあんまり話したがらないから、話題は移り他のやつらの好きな子の話になった。
当たり前だけど女子の話だ。そう、当たり前に。
今日は大人しく観光に行った。あの有名な寺とか、かの有名な寺とか周った。うちの学校と同じようにどこもかしこも修学旅行生がいた。若干制服が似ていると間違えて紛れ込みそうだが、みんな似ているようで全く違う同じ中学三年生にソワソワとしていた。どっかの学校のイケメンに女子たちがキャーキャー言っていたし、うちの学校の野郎達もあのセーラー服の子カワイイとかって言っていた。
オレはやつらを見ながら、昨日のバイト男を思い出した。
いや、別に意味はない。
ちょっとした迫害にも慣れてきて、せっかく修学旅行だしと土産物屋で気を抜いていたら、あのお節介女子が唐突に腕に絡んで「何買うの?」と胸を押し付けてきたので、即刻、教師にまた気分が悪くなった、と告げ旅館に戻った(これは仮病じゃない)。
旅館に一人戻った後、またコンビニに行った。のどが渇いたしオレは昼食の湯豆腐専門店に行く前に戦線を離脱していたから、仕方ないのだ。
堂々と自動ドアをオープンさせ入店すると、レジで揚げ物作業をしながら「いらっしゃいませ!」、綺麗なはんなりイントネーション。
昨日のバイト男じゃなくって、愛想のいい美少女だった。これまで男にガッカリされたこともないであろう美少女は、肩より少し長いくらいの髪をキッチリ結びテキパキと優秀なバイトっぽかった。
オレは足が雑誌コーナーに向きかけて、いやそこはあかん! と、とりあえずパン売り場に行った。湯豆腐屋の料金は、きっと戻って来ないから節約せねばならない。パン一つで足りるとは思えないが、なるべくカサの重いものにしようとオレは結構真剣に悩み、よく膨らんだ丸いパンに手を伸ばした。
「それ、バリ甘かよ」
妙な九州訛りのバイト男が傍らにいた。本当にいいかげんな男だ。
「君、不良ね? 寺巡りも案外良かよ」
バイト男は何やらパンの説明をしだし、おススメのパンを一つ取るとオレにレジで会計させた。
さっきの美少女はもういなかった。
そのまま帰ろうとしたら、手招きされて奥の控室に入れてくれた。
「うち、イートインスペースとかないけん。パンだけじゃ足りんやろ? これ、揚げすぎたチキンも食べていいけん」
湯呑にお茶が注がれ、茶色というより黒に近いチキンが紙皿に置かれた。揚げすぎたって数の事かと思ったら、時間のことだった。
オレが不思議そうな顔をしていると、バイト男がにやにやと頷いた。
「あ、さっきの女子高生は帰らはったよ。残念やったね」
バイト男がレジに戻っていき、オレは油がみなぎったチキンを頬張った。客が来る気配はなく、このコンビニは大丈夫なのかと訝しんだ。
スマホにクラスのやつから連絡が来ていた。もはや仮病だと周知なので、ただ湯豆腐の写真と「お前は本当の豆腐を知らない……」とだけあった。特に知る必要もないが、親にはその湯豆腐の写真を送っておいた。案外、孝行息子なのだオレは。
食後、飽和脂肪酸のせいで眠くなった。知らない土地の知らないコンビニの片隅で、オレは久しぶりに安心して眠った。安心って理屈じゃないんだ。
オレがどういう者であるとか、これからどうなっていくとか、どんどん朧げになって溶けていった。
しばらくして物音がし起きると、バイト男が入り口に立っていた。
「あれ、まだいたんか」
まだというか、今起きたんだけどとぼんやりと思った。
「そうだ、これ返品やから紐切って読んでもよかよ」
バイト男は数冊雑誌を机の上に置いた。一番上には昨日のビキニの女がいた。
オレが欲しいのはそういうんのじゃないんだ。
「修学旅行で、一つ大人になれて良かったな~」
バイト男がニヤニヤし、オレに背を向けた。
エプロンの横幅が痩せた体の左右に余っている。
オレは、余った左側に手を伸ばした。
レジに戻りかけたバイト男が、振り返りもせず立ち止まった。
「オレ、ショタ違うんよ」
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