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第4話
鳥が目覚めたと臣に告げられたのは珍しく早めに帰城した日の夕刻。
部屋に入ると鳥は夜着のまま寝所の上に頭を深くつけていた。
「このような姿で申し訳ございませぬ。命をお救いいただきありがとうございます」
「……皮肉な物言いだな。死ぬほどの思いをさせたのは我であろうに」
「慈悲深い王はわたくしをお見捨てにはなりませんでした」
何を言っても童の戯言のように受け流される、まるで我の方が愚か者のようだ。
「貴様にはまだ聞かねばならぬことがあるゆえ、それまで生かしたに過ぎぬ」
「承知致しました」
「表を上げよ」
我を見上げる顔は治癒して美しくやはり表情は水の面の如く平坦。髪は短いままだが誰ぞが気をきかせたのであろう揃えて切られ整えられていた。
再び殺すと言っておるのに眉一つ動かさぬ。なぜ恨み言を言わぬ。なぜ恐怖に打ち震えぬ。
容姿はもとよりこのような人間を今まで一度たりとも見たことがない。
我の知る人間は皆醜く己の欲のまま生き、他を制圧し意のままに扱うか、制圧され媚びへつらい生きながらえるかのどちらかだと言うのに……。
「なぜお前は年を取らぬ」
「わたくしの一族は皆様の生の三度の長さを生きると言われております。このような姿でおりますがわたくしは生まれてより既に四十と九の歳でございます」
「なんと! 不老不死の一族なのか?」
「幼き頃、御年二百五十を超えたという翁と話したことがございますが死なぬわけではございませぬ。我以外のものは既に皆、死に絶えておりますゆえ」
初めて鳥の顔が曇った。
「なぜ滅んだ。父王に殺されたか?」
「……気が合いませぬでした。皆病にかかり行ってしまわれた。いたずらに我ひとり残されてしまいました」
遠くを見る黄金の瞳は亡国への想いに潤んでいるように見えた。今にも消えそうな位痩せて憂いを含んだ佇まいにこの鳥は誠、恨む欲も、嘆く欲もなく、ただ死すことを望んでいるのかも知れぬと思えた。
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宮中にある書院。その中で厳重に保管されていた蔵の中の禁書に金の鳥の国の事が記されていた。
我が生まれる六年ほど前。父王により金の国は制圧された。
秘境の高地に存在し、その名の通り国の至る所、眩いばかりの黄金で装飾されていたが、民はその価値を知らず宝物と共に暮らしていた。
千人ほどしかおらぬ小国。統治する王は存在したが貧富の区別はなく高地で取れる滋養の高い野菜を主食としていた。
先触れによりその国の存在を知った父王は三千の兵で攻め入り制圧。戦うまでもなく国王初め、国民全てが戦うことをせず降伏し労せずして王城を占拠。無抵抗だった国王、王妃は首を落とされ、老人はその場で刃により打ち殺された。国の全ての財を略奪し眩いばかりの黄金の容姿をした若い民は捕虜として連れ帰り戦利品とした。
しかし我が国に戻り程なくして全ての民が病に倒れ死に至った。鳥は気が合わぬと言っておった。
おそらく風土が合わず流行病にかかったのだろう。
ただひとりの幼い王子だけが病に罹るも生き残り、その後王宮に仕えることとなった。
王宮の蔵の天井を越えるほどの黄金はこの国を強くし、諸国を制圧する潤沢な軍資金となった。
「……なんと……」
酷いわけではない。国同士争い国を強く保つのは常のこと。
しかし刃も持たぬ者を嗜虐し、全ての財を奪い、民を死に至らしめたとは……それが我の父の所業か……。
書物を持つ手は震え、泥でも食うておるような悪心が込み上げた。
「なにを考えておる。我も同じではないか……」
王城を制圧し、抵抗するもの全て死にいたらしめた。
無抵抗の金の鳥を兵に与え死ぬほどの……いや死ぬる方がましな屈辱を与えた。
我が奪った財も元はと言えば全て金の鳥のものだったと言うのに……。
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