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第5話

 淡い覚醒の中、柔らかな箏の音が聞こえてくる。  我がいる時はなるべく弾くようにと命じてからは、起きる少し前より柔らかな音が聞こえてくるようになった。以来目覚めの憂鬱が和らぎ心地よく瞼が開く。  鳥の国の曲なのか、時に華やかに時に物悲しい曲はなぜか懐かしく心に沁み、日々の荒みを和らげた。  やるべきことは多い。国境はどこも賄賂による腐敗で警備が脆くよく諸国から攻め入れられなかったと不思議に思うほど荒廃していた。まず守りを固くしそれから国力を強める。  ここまで順調に、大きな不満や反乱も起きずことが進んでいるのは何より王宮に眠っていた潤沢な宝物のおかげだと言って過言ではない。  禄の力は強い。兵は満足し忠誠は強固となり、貧しい者は暖かい粥を口することで命ながらえ、国に感謝し、いずれ労力となり、田畑は蘇える。  一つのことを成し得るつどに、鳥の国と鳥のことを思い起こす。我の国と我の王としての威厳は全て金の民の命の上に築かれておる。  + ++ + ++ +  細かな争い事は国を九箇所に分けて統治させているそれぞれの臣に任せているが、大きな争い事や臣同士の揉め事、まだ未熟な法律が及ばぬことなどは王宮の庭に作られた謁見場にて直接陳情を受け処理していた。  その謁見の始まる前、朝餉の時刻。  西ニ方を任せた張継(ちょうけい)が罪人用の牛車に乗せられて王城に連れらてきたとの報告を受けた。 「時刻前に申し訳ございませぬ」 「……よい」  庭先から聞こえる部下たちの物々しい様子。常のことではないのであろう。  玉座に座り、視線を落とすと罪人の座る石畳の上に張継が跪いていた。 「王が定めし九の守り人のひとりであるそなたが何ゆえ、そのようなところに座っておる」  張継は言葉に身を震わせ、さらに頭を低く擦り付けた。 「偉大なる王よ。恐れながらこの者の罪状を申し上げます。張継は昨晩己の妻小藺(しょうらん)、幼き娘三名の首を絞め亡き者としました」  長杖を高く掲げ、床に打ち宝飾の鈴を打ち鳴らすと法を司る臣は我に向かい報告した。 「どういうことだ? 己の家族を殺したとは誠か? いかにお前が忠臣あろうともよほどの理由がなければ許されぬぞ」    妻の不貞か? しかし、子まで殺すとは……。 「偉大なる我が王よ! どうぞ我に金の鳥を賜りください! 反乱の日よりずっと我は気がふれそうなのでございます! 毎夜毎夜、金の鳥が枕辺に現れるのです! 捕まえて我が物にしようとするとするりと逃げられてしまいます! その度に我の血は滾り、体は震え、妻を抱いても娼婦を抱いても収まりませぬ!」  なんと! まさかの返事が返ってきた。 「あの女! 金の鳥の姿に化けて我を誑かしやがったので殺してやったんです!」  己の非道を堂々と訴えてくる姿は禁制の薬で廃人になった人間そのものであった。痩せこけ、顔は青白く目は落ち窪みうつろで、乾いた白い唇の端からは涎が垂れていた。 「あの夜皆に賜ったではありませぬか! 我は王の為に命を賭して働いております。どうぞもう一度あの鳥をお授けください! いただければこの張継これまで以上に身命を賭して偉大なる王にお尽くしいたします!」  張継は土下座して罪人の石畳に頭を擦りつけた。  あまりにも、あの日の父王に似ておる。その姿を見ていると、ぶるぶると腕は震え、体の中から燃えるような嫌悪の心地が湧きあがった。  必死に頭を擦り付けている背中より真っ直ぐ大刀を振り下ろすとバキバキと石畳が割れる。 ヒキガエルのような醜い音をたて、崩れた男の下に出来た血溜まりが徐々に大きくなり、ヒビの隙間を伝って四方に伸びた。 「罪状を掲げ、三日の間、刑場に晒し、その後山に捨てよ。妻の一族には十分録を与えよ」 「は!」  再び長杖が高くあがり宝飾の鈴が響き渡る。王の退場をもって本日の御前法断は閉廷した。  + ++ + ++ + 「王よ! 無礼を承知で申し上げます! そののち命奪われても構いませぬ!」  謁見場を後にした廊下の途中、必死の形相で行く手を阻んだ亜藍は跪き我に進言した。 「やはりあの鳥は妖魔なのでございます! 鳥と睦んだものは皆あのように狂うのです! 賢王であった父上様があのような姿になったのも母上様が自死されるまで追い詰められたのもあの鳥が起因! どうか今すぐ禍根をお断ちください!」  ……胸の内で黒い塊のように湧き上がる、そうであろうと思うておったことをそのままに亜藍が口にした。  ……鼠のように臆病で慎重。我との力の違いをすぐに察し早々に我の臣下に下った。小さき男ではあるがその堅実さを買い国固めに使えるだろうと重臣にした。  そんな男が自らの地位も顧みず自分の家族を皆殺しにするとは確かに触れたとしか思えぬ。  亜藍が我を思うておるのは解うておる。  しかし……今やあの鳥を打ち殺す気には到底なれぬ。 「……あの夜鳥と睦んだ者を全て調べあげよ」 「……! 承知しました」  我の返答を聞き、亜藍は不服そうにさらに頭を低くした。

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