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第6話

「本日は拝謁の栄誉をいただき心より感謝申し上げます」  父王の政権時よりの臣下、章邯(しょうかん)が王の高座に向い両腕を高く掲げ、頭を低くした。王宮の修繕の一部を任せており今日は施工の進捗具合の報告である。  貴族である章邯は財をほぼ没収したにも関わらず、すぐに一族を立て直し我に取り入り、王宮の建て直しや川の治水工事等に関わっておる。まだまだ財を隠し持っていたのかも知れぬな。したたかな男ではあるが他の何もできぬ腰抜けの貴族と違い商才もあり賢い。新しい政権に役立ち不正を行わないのであれば誰であろうと取り立てていた。 「慈悲深い王よ。尊き時間を少しだけお授けください」  言うと章邯は横を向き手招きすると一人の娘が現れた。 「我が娘、美玉(みゆう)にございます。さあ偉大なる王にご挨拶を……」  招かれた娘は我に向かい深く頭を下げた。年の頃は13、4。したたかな狸より我への供物というところか……。 「表を上げよ」  ゆっくりと顔を上げた娘の瞳は淡い紫陽。腰まで伸びた髪は美しい銀色であった。話に聞いた我の母と同じ色。娘は我を見つめた途端その美しい瞳を揺らして後ずさった。 「……ひ!」 「これ! なんという無礼を! 申し訳ございませぬ。娘は深窓で育てました故、父以外の男を見たことがないのでございます。それゆえこのような不調法を……」  下を向き、屈辱に唇を噛み震えるこの娘が初めておうた男に怯えているわけではないのはわかうておる。我のこの容姿が恐ろしくて仕方がないのであろう。黒い男など使用人にもするのも穢らわしいと育てられた貴族の娘がまさかそのようなものと添い遂げるなどあり得ることではないのだ。 「娘御は大変お美しいが気弱のようだ。国母となるにはあまりに気が重かろう」  明らかに安堵した娘の表情。下賤との政略婚など死ぬよりも嫌なのであろうな。 「何を申されます! 幼少より剣技などにも長け、娘は大変健やかにございます。尊き方のお子を授かるため、大切に育てた娘でございますれば……」 「ひ……ひぃ……」  小さく悲鳴を上げた娘は青ざめ、膝が落ちその場に座り込んだ。子の話がよほど堪えたのであろうな……。 「こ、これ何をしておる! 無礼にも程がある!」  父は娘を打ちすえた。 「もう良いであろう。大事な娘に手を上げるとは何事であるか」 「……も、申し訳ありませぬ!」  章邯は平伏して玉座に向かい頭を擦り付けた。己の地位の保全のため嫌がる我が娘を差し出す強欲な男。残念だが其方を国母の父にしてやることは出来ぬ。  我自身、己の子をなすのは心底恐ろしいと思うておるのだからな……。  + ++ + ++ +   「……そのまま続けよ」  どれだけ飲んでも不覚に陥ったことは無いが少々飲みすぎたか……今宵の月は一層大きく白く輝いて箏を弾く金の鳥の姿を殊更に照らしているように見えた。  王となった上は子を成さねばならぬのはわかっておる。しかし我の血が入れば黒い赤子が生まれる率は高かろう……。  母も生まれ落ちた我を見て、あの娘のように絶望し悲鳴を上げ、死に至ったのであろうな……我の存在が母上様を死に追いやった。  我とて同じ……我と同じ姿形の子を愛せるとはとても思えぬ。憎く思い、我が子を打ち殺してしまうかも知れぬ。  美しい金の鳥。  その姿も決して自ら望んだものではないだろうが、このような姿であったなら大事なものは未だ我の側にあり、己をここまで呪うことも無かったであろう……。 「鳥よ」 「……はい」 「ここに来よ」  呼ぶと箏の音は止まり、近づく衣の絹ずれの音がした。 「恐れながら申し上げます。王は毎夜遅くまで公務に携わっておられます。月に一度くらい休息を取られてはいかがでございましょう」 「……憎き男の心配か」 「憎くなどございませぬ」 「我が恐ろしくないのか?」 「恐しゅうなどございませぬ」 「おかしな鳥であるな……」  鈴の音のような心地よい声に瞼が重くなる。 「……こんなにもあのお方に似ている面影をどうして憎く思うことが出来ましょう……」  眠る耳元に聞こえてきた声。  そうか……父王に似ているということか……。  長く父王に寵愛されておった。やはり鳥も父を慕うておったのだな。  我はそれすらも奪うてしまったが……。

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