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第8話
日を跨ぎ、そろそろ宴も終盤、それぞれ帰路につく前に拝謁をと王座の前には臣たちの長い列が出来ていた。皆王の威光を崇め、賄賂を嫌う王を気遣い、自身の治める領の名産の品などを献上していた。
東の二方の領主の名代で訪れた宋義 が深く頭を下げた。
「このような輝かしい席にお招きいただき光悦至極に存じます。病に臥しておる我が主人よりご尊顔を拝謁出来ぬ無念をくれぐれも偉大なる王にお伝えするよう申しつかっております」
「……うむ。早う復し健かなる顔を見せよと伝えよ。しかし何やらその方が病人のような顔色をしておる。どこぞ具合でも悪いのではないか?」
先ほどから落ち着かぬ様子で自らを抱えるように両の肘を握っておる。顔色は青白く額からは汗が流れていた。
「……わたくしのような者になんという情け深いお言葉。素晴らしい振る舞いの席に田舎の不調法者ゆえ気遅れしての無様にございますれば……」
言いながらも身は震え、汗は落ち、ますます自身を握りしめた腕には血管が浮いておる。
「……宋義よ……ここまで来て顔を見せよ……」
尋常ならざる様子……やはりのことであるかと、座下まで寄るよう促した。
「……恐れ多いことでございます」
宋義は拒否するように後退り頭を低く下げた。
「今日は臣たちのための宴である。そのように恐縮することはない。我よりそなたに話があるのだ。こちらに来よ」
強く言うと諦めたように、そろそろと宋義はそばによって参ったがガタガタと震える手より献上品の目録が鳥のそばに落ちた。
「……本当にお顔の色が悪うございます」
鳥が目録を拾い手渡そうとした瞬間
「うおぉぉ……!」
大きく振りかぶった宋義が我に剣を向けた。
「鳥を! 鳥を我に寄越せ――――!!」
言うと同時に亜藍の放った小刀が宋義の腕に刺さり剣が床に落ちた。怯んだところをすぐに取り囲まれ押さえられて口を塞がれると宴より連れ出される。
臣たちは突然の凶事に呆然としていたが誰ぞが大きな声を上げおった。
「な! なんということだ!」
「王への叛逆であるぞ!」
座が騒然となる。
「騒ぐでない……少々酒が過ぎたようだの。宴はこれまでとする。挨拶ももうよい。皆、明日より任に励め」
『は!』
みな腑に落ちぬようにあったが言うと黙し、それぞれ王城を後にした。
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「いかがなさいますか?」
亜藍が捕縛した宋義の処遇を尋ねに参った。
「任を解し放国を申し付ける。東二方の主の罪は問わぬ。病人を驚かせぬよう顛末を申し伝えよ。宋義には隣国へ行けるよう王の証と家族と暮らせるほどの禄は持たせてやれ」
「……本当によろしいのでございますか?」
王の命を狙ったのだ。常ならば死罪は免れぬ。まして放てば再度我を狙うやも知れぬ。しかしこの凶行はあの夜、我が鳥を与えた所以のこと。命まで取る気にはなれぬ。
やはり偶然などではないということであろうな……。
事の重大さに亜藍も神妙な顔をしておる。
亜藍の報告によると、あの夜鳥を陵辱したと思われる者は六名。
残りの五名をずっと監視させており特に反旗や狂乱の様子はないと思うておったが、今宵の凶行……もはや残りの四名も将来災いの種となるのは免れぬであろうな……。
「残りの者たちを続き注意深く見張れ」
「……は」
事を起こすまで、こちらから何かをすることは出来ぬ……。
今日のところはと亜藍を下がらせた。
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「許せ……」
「なにゆえ謝られるのです』
部屋に戻ると今度は鳥が青白い顔で立っており我に気づくと頭を深く下げた。
「再びあの男にまみえるのは、さぞかし気分の悪いことであったであろうな……」
事前に亜藍より報告を受けており、宋義が鳥を陵辱した者の一人であることはわかっておった。尋常ならざる様子によもやと思い側に呼んだが思うた通りの顛末となった。
「もう忘れたことにございます……それよりもわたくし自身の咎のことです」
やはり鳥も気づきおったか……。
「……不思議なことであるがそなたと交わった者はあのように我を失くすやも知れぬのだ」
言うと黄金の瞳がゆらりと揺れた。
「……以前にも同じことがおありになったのでございますね」
常に柔らかい物腰の鳥とは思えぬ強い声音……。
返す言葉もない。全ては我より発した咎である。
「やはりわたくしを成敗された方がよろしゅうございます……お側におれば、また不埒な者が王のお命を狙うやも知れませぬ。それに……よもや父君の変わりようがわたくしのせいとは……」
言うと鳥ははらはらと涙を溢した。あのような目におうても一粒の涙も見せなかったと言うのに今は真珠のような涙が次々と流れ落ちておる。
……そんなにも深く父王を愛しておったのか?
俯く肩は折れそうに薄く細い。悲しみうちひしがれる鳥の姿を見ていると身の置き所のない心地がして、どうしてよいか解らぬ。
何をしても我はこの鳥を打ちすえてしまう……。
嘆き悲しんでいる姿がこんなにも哀れと思うのになぜ同じほどの苛立ちが腹の中より湧いてくるのか…。
この鳥と睦んだら我もあの男どものように狂うのであろうか?
愚王と成り果て、享楽に耽り、民を捨て、忠臣を……亜藍をも打ち殺すかも知れぬということか?
……これは人間如きが神を穢した傲慢への雷なのかも知れぬ。
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