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第10話

 小雨降る早朝。  北へ向かう兵の為、祭壇を設け鳥が祈禱を捧げる。高く燃ゆる炎の中に焚かれた強い伽羅の香りが兵を包んだ。 「偉大なる唯一無二の王よ。どうぞご無事でご帰還なされませ」  祈りを終えると降りて走り寄り、白装束、長い金の髪に泥がつくのも構わず我の前に低く跪いた。自らの最敬礼が我の地位を高め、神に守られしと兵を鼓舞するのをよくわかっておる。  賢き鳥。軍師にでもすればえろう役に立つかも知れぬ。 「大儀であった」  先駆けるは騎乗の兵、五十余り、戦になった時のため千の歩兵も追随するように命じておる。 「これより北へ出立する。これは戦にあらず! 国固めのための交渉である。無用な諍いはせず、王の兵としてそれぞれ誇り高き働きを見せよ!」 『は!』  自らの姿が黒であることを誇示するかのように黒の衣。黒の鎧を纏った若く猛々しい新王は騎乗で兵に命すると全兵士が地鳴りのような鬨の声を上げた。己が右拳で力強く左胸を打ち王への忠義を示すと川のように緩やかに粛々と北に向かって進行した。    + ++ + ++ +    俊足剛健な王直属の精鋭が馬を駆っても北の国境までは丸二日。北の地は鬱蒼な山林が多く足元も悪い。馬で駆けるのも限界がある。戦となった時のために馬と兵を消耗させぬようゆっくりと時に下馬して進軍した。  北の領主、水梁(すいりょう)の知らせでは、国境辺りで兵同士の諍いがあり数人の死傷者が出るも、まだ戦にはなっておらず敵味方とも膠着状態であると伝えられている。北に隣接する両斑(りょうはん)族。小さな部族であり未だ国とも言えぬ有様ではあるが、それだけに何をしてくるか分からぬ不気味さがある。誠に侵略の意思ありであれば戦になるやも知れぬ。兵に余力を残して置く為、幾度か休息をとり四日の時をかけて北の城が見ゆる丘までたどり着いた。  政を奪ってから王都を空けるのは初めてのこと。  我が居ぬことに懸念がない訳ではない。特に鳥のことが気にかかる。監視下の四名は同行させており、屋敷には常の三倍以上の兵を布して守らせておる。  しかし心にざわつくものが消せぬ。せめて亜藍を残して置くべきだったであろうか……。 「恐れながら申し上げます!」  王の軍の旗を背に負うた先触れが我の下につき膝をついた。 「隣国との諍いは起きておりませぬ!」 「……どう言うことだ?」 「国境付近は平時の如くで勿論侵略などもございませぬ。北の領主を尋ねるも門番はおらず、また門は固く閉ざされており王より賜りました錠で開門致しましたが中には誰もおりませぬでした! 争った形跡などもなく、民たちも気づいておらぬようで城下も常の如くでございました!」  言葉を聞き、ざわりと全身が総毛立つ。 「これより城に戻る! 亜藍! 早馬にて追従の兵も急ぎ王都に戻せ! ついて来れる者だけ我に従うがよい!」  手綱を引き踵を返すと馬に鞭を入れる。  裏切りは北の守り主、水梁であろうか!?  亜藍の知らせにはなかった者ではあるがあるいは……?  ……悪い予感しかせぬ。  なににせよ我に都を空けさせるための所業に違いない。  間の悪いことに雨が強う降ってきおった。  泥地の多く馬が足を取られ天地が揺れた。  しかし今一度、馬に鞭を入れる。  一刻も一刻も早う戻らねばならぬ。

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