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第11話
ようやく王都に端に戻る。
北の城の異変の報を受けてより一日余り。すでに出立の日より五日は過ぎておる。我に追従できた兵は八名。皆疲弊しておるがそのまま急ぎ王城に向かう。城下は大きな騒ぎにはなっておらぬがあまり人が居ぬ。王城に着くとその周りを多くの兵が固めておった。
そのなりは我直下の兵にあらず。全てが北の兵であった。
「黒の王よ。随分と早うのご帰還にございますな!」
城門の上より現れ我を見下ろすその姿はやはり北の領主、水梁であった。
みよがしに拘束し口枷をかけた鳥を横に置いておる。
「水梁よ! 一連の所業。我への叛逆と思うて相違なしか?」
「笑止! 叛逆にあらず! これは正しき国直しである! 逆賊大犯の黒の男よ!」
城下の民も異変に気付き王城の周りに集まり出した。累が及ばぬよう遠目に見ておる。
「多くの民よ。兵よ。しかと心に留めるが良い! その者は王にあらず! 前王は銀の髪に碧の瞳。王妃は銀の髪に紫陽の瞳。黒髪、黒瞳の王子が生まれることなどありえぬのだ! 神を偽り、民を偽り、王妃の証のみを頼りとして厚かましくも王であると名乗りをあげ前王を弑逆した下賤にすぎぬ!」
ざわざわと兵も民も騒ぎ出す。
我の治世になってから、おそらく皆が疑問に思い、皆が口を出せずにいたことであろうな……。
あえて沈黙を守っていた者も、ここではっきりと耳にした以上真偽を問わずにはおれぬであろう……。
確かに黒髪、黒瞳は王家どころか貴族にもおらぬ色。貴族のみとしか婚姻を結ばぬ王家に黒い者が現れるなどありえることではないのだ。
「これだけにあらず。不貞を行った穢れた王妃には神よりのもう一つの天罰が下された! 王妃と共に死した王子はこの偽の王との双子であったのだ!」
これを聞き更に騒めきが広がる。育てば必ず災いをもたらすと言われている呪われた双子。民であってもどちらかを殺すのが諚。まして王家に出づれば国に大きな災いをもたらすとされている。
これも誠のことである。母上様は更に悲しみに暮れ兄と共に逝き、いつか王たれと我だけを残したと聞いておる。
「我の姿を見よ! 前王と同じ銀の髪に碧の瞳である! 王子なき今、正統な後継者は前王の従兄弟にあたる我のみである!」
民と兵の心を掌握し、不遜な笑みを浮かべ我を睥睨しておる。
……それは、我すら思い。決して思わずに封印しておったこと。
母上様を信じておるとしか言えぬ。
しかし事実が白日に晒されれば何を持って証とすることが出来よう……。
胸元の紫尖晶を強く握る。
これだけが我の身分を表すもの。しかしこれは我が母の子であることを示すに過ぎぬ。
「見よ! 偽 の王は何も答えぬ。それは我の言葉が誠であるからである! 兵よ! この神を偽り国を盗んだ大逆賊を捉えよ!」
圧倒的な兵の数の違い、たちまち北の兵に取り囲まれ槍を突きつけられた。
「……王よ。我ら精鋭の兵。命を持って道をお作り致します。どうぞ追従する千の兵と合流なされますよう……」
亜藍が我一人逃げよと提してくる。
しかし、そのようなことをしてなんとする。
見渡す兵は二百以上いかにしても勝てぬであろう。しかし、ここで息絶えるならそれまでの身である。ならば修羅となり我の王たる資格を試すまで……大刀を強く握りかかってこよと振り上げる。
「…………!!」
幾百の北の兵と立ち合おうとした、その瞬間目に強い光が入り視界が奪われた。
夕刻と言うのに朝日のような白い光が突如現れ前が見えぬ。
光の先には囚われた鳥の姿があり、その身は黄金に輝きその場を真白に染めまともに見ることが出来ぬ。あまりに眩しく敵も味方も目 を逸らし下を向いた。
『唯一の王に叛し、王家の誇りを穢す者よ。黒は穢れの色にあらず。偉大なる初代王の色。乱世に揺れるこの国を憂い権現された初代王の姿である! 国母である麗黄妃 の名を穢す者はこの金華 が決して赦しはせぬ!』
口枷を掛けられていると言うのに鳥が叫んでおる。
いや叫んでいるのではない頭の中に聞こえておるのだ……。
強き言葉はその場にいる者全て……いや国中の民の頭の中に神の雷が如く頭が割れるほどの勢いで鳴り響いた。その神々しい奇跡に乳飲み子を抱える母も、畑仕事を終えたばかりの農民も皆足の力が抜けひざまづきその場に平伏した。
光の中、目を凝らし、ようやく見ることのできた鳥の姿は光り輝き、滂沱の如く泣いておる。
「わ……我らを救う偉大なる王よ!」
誰かが叫ぶと波のように民も北の兵も声をあげその場に平伏した。
『永遠の忠義をお誓い申す!』
「お、おのれ!」
水梁が鳥に向かい刃を振り下ろそうとした瞬間、亜藍が放った矢が水梁の胸を射抜き城門の上より鳥と共に落ちた。
馬を駆り真下に向かい空より落ちてきた鳥の体を捉える。
無様に落ちた水梁は鈍い音を立て土の上に血溜まりを作った。
「我は必ずこの国を強くし、民に平安を与える! しかし我を王と思えぬ者は遠慮なく刃を向けるが良い!」
神の鳥を抱え咆哮した黒の王に北の兵は震え、ただただ身を低くと平伏した。
「この度の反乱は水梁の命によリやむを得ず従ったゆえとする。国のため、民のため身を粉す覚悟のあるものは罪に問わぬ。新しい領主を据えるゆえ北に戻り励むがよい」
王の寛大な審に反乱の意を示す兵は一人となく、しかし皆己が目にした奇跡に足が震え立ち去れず、その場に長く平伏すのみであった。
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