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第12話
窓より城下を覗くと、夜半だというのに鳥の神託を聞き興奮して集まった多数の民が我への祝福と忠誠の声をあげておるのが見えた。まるで祭りのような騒ぎになっておる。
「……王よ?」
声がして振り向くと鳥が目覚めておった。
「……ここは?」
「本宮である。たいそうな目におうたな。大事ないようであるが快癒するまではここにおるがよい」
体を起こすと、ぼんやりとして部屋を見回しておる。
「わ……童達は!」
「みな無事でおる」
「……ありがとうございまする」
ほうっ……っと放心したように鳥は寝所の上に臥した。水梁は童達を捕らえ鳥を脅したのであろう。鳥の屋敷の中に入ると、捉えられ、くつわをかけられている童達がおり皆鳥を案じて泣いておった。
「鳥よ。この度起きたこと覚えておるか?」
「……覚えておりまする」
「そなたは他にも、あのような不思議な力を持っておるのか?」
「……分かりませぬ……わたくしも初めてのことで驚いております。わたくしが皆様と違う不気味な者であるとは感じておりましたが、それがどのようなものなのかは知らぬのです」
幼きころ同族の民を全て無くしてしまった鳥は先人よりの教えがないのであろう……。
「あの神託は鳥よりの言葉か?」
黒きは初代王の姿だと申しておったが、そのようなこと我も初めて知った。
「姫様がお亡くなりになってよりずっと、わたくしのできる全てでお調べしておりました。この国の歴代の王の中に必ず同じ色のお方がおり、そのお方の血を受け継いで誕生されればこそ王子は黒のお姿であったのだと……そしてそれは初代の王のお姿であったのだと知りました。いつの日にか皆に姫様とご実家のご無念と共にお知らせしたいと思うておりました……」
鳥はまたはらはらと涙を流した。
「先ほどは心より悔しゅうございました。気高い姫様をあのように貶めるとは……」
わが母を姫様と呼び慕い、このように強い感情を表すとは……。
「我の母を知っておるのだな?」
「……知っておりまする」
「覚えていること、全て申せ」
「姫様は美しく知性が溢れ慈悲深い素晴らしき女性でございました。わたくしのような者を憐れんでくださり恐れ多くも母とも姉とも慕いなさいとおっしゃっていただいたのでございます。この国の読み書きや歴史も全て……箏も皆姫様よりお教えいただいたものでございます」
鳥の申していた我よりの面影というのは母の姿であり、我が箏の音を懐かしゅう感じたのも母ゆえと言うことであるか……。
「王に初めてお会いした時、姫様のお子だと一目でわかりました。色は違えど力強い瞳。生きていらしたのだ知り心が震えました」
「なぜあの時そのことを申さなかった。さすればあのような無体はせぬであった!」
我の言葉を聞き、鳥は悲しげに首を振った。
「あのような浅ましき姿のわたくしに何が申せましょう……」
あの時、父が息たえるその瞬間まで鳥は父王に抱かれておった。
「良いのです。あれほどのご恩をいただきながら私は姫様の想いを裏切り姫様の大事なお方を狂気に落としてしもうたのです。そのような者を姫様のお子であるあなた様が弑するのは当然の理。こうして今も生きながらえていることがお恥ずかしい限りです……」
違う……我はあの時鳥の姿を穢らわしきと思い込むことで己が正しいとした。父王を弑した興奮そのままに鳥を貶めたのだ。弟とも愛しんだ者への非道に母上様はさぞかし怒り悲しんでいるであろう。もはや死してまみえた時に会わす顔を持たぬ。
「王よ。不敬を承知で申し上げます。目を瞑りわたくしの額に御身の額をつけて下さいませぬか?」
「なんの戯れか?」
「わたくしがただ一つ知る。わたくしの異形の力でございます」
鳥の申す通りに白く小さな顔を持ち額をつけた。
「……これは……!」
瞼の裏に、ぼんやりと映る影。次第にそれは鮮明になり輪郭がはっきりと浮かび上がる。鮮やかな牡丹が咲き誇る宮中の庭に立ち微笑む艶やかな美しい女性。長い銀の髪、深い紫陽の瞳。年の頃は15、6か……。
「母君にございます」
「……!」
ころころと愛らしく快活に笑う姿。鳥の目から見えている姿なのだろう。かわいそうにと涙ぐみ抱きしめる感触まで伝わってくる。
金の鳥を強く抱きしめながら母は優しく語りかけた。
『もう何一つ、辛うことも、悲しむこともない……私が母となり姉となり、そなたを守るゆえに……』
細く力強い腕は震えていた。一族を全て無くし、たった一人で遠い異国に連れてこられた金の鳥を憐れみ慈しんでいる母の暖かい心が流れてくる。
「……母上様」
金の髪を強く抱きながら止めどなく涙が流れた。
美しく気高く慈悲深い。これが我の母の姿なのか……。
「大変なご無礼を……」
「……よい」
鳥から離れ、不覚にも流れた涙を拭った。
まやかしかも知れぬ。しかしそれでも良い。
母の姿は確かに鳥の言う通り我と似ている気がした。
「姫様のお心を王にお伝えするためにわたくしは生きながらえていたのかも知れませぬ」
鳥は我を見ながら静かに笑う。
その姿を見ていると、胸が苦しうてならぬ。
強い慚愧の念だけではない。
この心持ちを持て余しどのようにしてよいか解らぬ。
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