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第16話
「何をしておる?」
鳥がずっと庭で冷たき雨に打たれておると兵が伝えてきた。
我の声に気付き鳥が振り向く。
その表情はうつろで、薄い衣しか纏っておらぬ体はずぶ濡れであった。
「王妃様が身罷われたというのに何故このようなところにおるのです?」
我に姫を与え三日より前、王妃は逝ってしもうた。それより王宮は悲しみに包まれ鎮まりかえり民も皆喪に服し城下の賑やかな声も今は聞こえてこぬ。
「死する気か? 今天医を呼ぶゆえ屋敷に戻れ」
「なぜ王妃様のおそばにいらっしゃらぬのです! わたくしのことなど捨ておきくださいませ!」
王妃の死がそこまでの衝撃であったのか……鳥らしからぬ頑固な有様。しかし初夏とはいえ肌寒くこのように冷たい雨が降っておる。引き摺ってでも屋敷に入れなければ誠に死してしまうであろう……近寄りその細い腕を掴んだ。
「穢らわしい! 我に触るでない!」
怒号と共に掴んだ腕を振り払われた。ゆらりと頭を上げ、常でない様子で我を見やる。
「黒き者よ! 我があの屈辱を忘れしとでも思っておるのか? 我を下賤に与え嬲りものにもとし多くの兵の前で見せ物にしおった鬼のごとき所業決して忘れてはおらぬ!」
青白き顔で我を睨みつける鳥の怒号に体が固まり動きが取れぬ。
「我は金の国の王子である! 我はそなたの父に目の前で父母の首を落とされた。何もせぬであった良き民を全て弑された恨みを決して忘れぬ! 必ずやそなたを弑し王子を弑しこの国の民を呪い殺すであろう!」
すう……と体の中より全ての血が抜けるような心地がした。
我は今まで何のうつつを抜かしておったのか……これが我と鳥との正しき所以である。鳥より全てを奪った悪辣な鬼が一体何の厚かましきか……。
自然に膝が落ちていた。地に伏し泥の中に頭を下げる。
「……全てその通りである。そなたの望む通りに我を弑せ。非力であろうな。これを与えるゆえまず我の目を抉りとるが良い」
腰の小刀を鳥の前に置いた。言葉に鳥が後ずさる。
「……なぜなのです……なぜ、王にこのような不敬を申す大罪人を殺さぬのです! もう嫌なのでございます! なぜ我はおるだけで皆を不幸にするのです? 今すぐ父上様と母上様にお会いしとうございます。我を少しでも哀れと思うなら今すぐその大刀で我の体を裂いて下さいませ!」
鳥は雨の中、泣き叫ぶ。雨では無い。黄金の瞳より滂沱の涙を流して濡れておる。それは全てを奪われながらも何も抗せず生きてきた鳥の誠の心の内よりの惨き悲鳴に聞こえた。
……しかし、こんなにも鳥が望むことを我はなしてやれぬ。
我が死すのも誰が死すのもそれが天命。悲しきことではあるが、怖いなどと思うたことは一度も無かった。
しかし今、我は鳥を失くすのが心底恐ろしい……憎き仇、悪辣な鬼よと罵られても、そばに置いておきたいのだ。
「許せ。それだけは出来ぬ……」
言葉に鳥は驚き目 を開くと心より絶望した顔をして我を見遣った。
「我を裂けぬなら、二度とこの屋敷には来ないでくだされ……」
か細い声で言い放ち、踵を返すと鳥はふらふらと屋敷に戻っていった。
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