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第17話
「先生。ごめんなさい」
そくりなお顔の愛らしい王子たちは我の前に来られると同じ言葉を話し、同じ時に頭を下げられた。
「何のお謝りでございますか?」
「父上様と喧嘩したのでございましょう? 我らが代わりに謝るゆえ許してあげておくれ」
「お優しゅうございますな。父上様が何かおっしゃっておられましたか?」
「……もうここには来ぬとおっしゃった」
「……そうでございますか」
「誉高様、誉栄様どうぞここへお座りくださいませ」
促すとぺたりと我の前に座りその愛らしきお顔を上げる。
「よく覚えておいてくださいませ。喧嘩した者らがおる時、どちらが良いか悪いかもわからぬうちにどちらかに味方してはなりませぬ」
「父上様が悪いに決まっておる!」
王子様達はまた同じう言葉を力強く答えられた。
「随分な仰りようでございますな」
「先生に非があるなど考えられませぬ!」
「良いでございますか? お二人はいずれこの国の王となられる御身であられます。王たるもの常に公平なお心で他の者に接しなくてはなりませぬ。わたくしが知っている者であるからとか、わたくしに優しくしてもらったことがあるからといってわたくしの味方をしてはなりませぬ」
賢き子らである。我の言葉を逃さぬよう、解しようと口を挟むことなく真っ直ぐ我を見つめ大人しゅう聞いておる。
「常に清き目で起こったことを見聞きし、調べ、善いか悪いかを断しなくてはなりませぬ。二人の盗人かも知れぬ者がおる時、一方がみすぼらしく、一方が豪奢であるからというなりに惑わされ貧相なものが盗賊と決めてはなりませぬ。王のお示しが両の者のいえ、その家族の運命をも定めるのです。王とは強く正しく寛大なお心を持った者しかなれぬのでございますよ。そしてそれを強き心で成しておられるのがお二人のお父上様なのです。そのお父上様を貶めるようなことを言ってはなりませぬ」
「……ごめんなさい」
「わたくしに謝ることはありませぬ。わたくしを信じ、お労わり下さり大変嬉しゅうございました」
紫陽と碧の大きな瞳から溢れそうな涙を堪えている姿のなんと愛らしいことか。この子らまでを弑すると我は嘯いたのだ。誠の鬼は我である。王妃様の命ではあれど、我に何の正しきが教えられよう……ましてこの子らを育てるなど烏滸がましい限りである。
「このたびのことはわたくしが全て悪いのでございます。父上様は何も悪う無いのでございますよ。父上様に無体なことをおっしゃってはなりませぬよ」
小さき手に先ほど作った菓子を握らせる。笑うた顔も良う似ておられる。愛しくはあっても憎くなどあろうはずも無い。
あのような暴言を吐いた我に膝をついて謝って下さった。
命をも下さるとおっしゃって下さった。
もう十分でございます。
本当に恨んでなどおらぬのです。
あの夜。鬼神のごときお姿が我を見遣った時、ようやっとこの溟い淵より抜けることが出来るのだと、姫様に似た面影のお子がそれを成してくれるのだと喜びに心が震えました。あの時に死すも生きるも王の定めに従うと決めたのでございます……。
我を生かしお側において下さった。
我の箏を懐かしきと耳を傾けられ、我の作った餐も食して下さった。
十分に幸せでございました。
王妃様お言葉を違えることどうぞお許しくださいませ……我は清いものなどではありませぬ。
次の王となられる大切な御子を預かることなど出来ませぬ……。
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