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第22話

「……少しお話をさせてくれませぬか?」    背中より鳥が話しかけてくる。  今宵も我はここに通い鳥を蹂躪した。我に戻り鳥に背を向けると必ず後悔で胃の腑が痛くなる。 「……ならぬ」  何も聞きとうない。我をなじる言葉も、ここを去りたいという哀願も。ただそなたは我のそばにおれば良い。  黙っておると、背中にぴたりと小さき手が添えられた。 「……ではこれはわたくしの独り言でございます……王の広き心で生かしていただいている身でありながら忘れたと申した古きことを持ち出し気高き王を罵倒し泥の中に伏せさせた万死に値する非礼をお詫び致します。わたくしは本当の心で決して王を恨んだりしてはおりませぬ」  鳥は我の背中に向けて勝手に喋りかけてきよる。  ではなにゆえあのように乱心しておったのか……。 「…… 王妃様へご拝謁の際、王がわたくしを想っていて下さるかも知れぬと伺ったのでございます。病に苦しむ王妃様の思い違いであろうにわたくしは胸が熱くなり嬉しく思う心を止められぬでした。王に尊き姫様を授けられたことによりお体を悪くされ、しかもそのことで長く思い煩われていた王妃様を顧みない我の醜き心に絶望したのです……」  言うと、鳥は我の背中に額をつけため息を吐いた。 「いいえ、そうではありませぬ……我は我を憐れんだのです。浅はかに王のお心を期待し、呪われた身であるゆえ決してお側に上がることは出来ぬことに絶望したのです。己の醜さと寂しさで混乱し心が塞がれあの雨の中で消えてしまいとうございました。御身が再び美しいお妃様を娶られる姿を拝す前に、王の刃にかかり消えてしまいたかったのでございます」  鳥は一体何をもうしておるのか?  我の言葉を待っているのを感じるが言葉が出ぬ。振り向けぬ。 「まともにお仕えもできぬ身でありながら王にお通いいただいていることが幸せでずっとこのままでいとうと思うてしまいました……しかし王にご自身を責めるような思い違いをさせ、王子様達をも悲しませる醜き所業と気付きました。王がわたくしをお見捨てになることになろうとも、わたくしはわたくしの心をお伝えしとうございます。わたくしは初めて会うた時より王をお慕い申し上げておりまする……」  最後、鳥は消え入りそうな小さき声で呟いた。 「……信じられぬ。我はそなたにあのように惨きことをした者であるというのに……」 「……良いのです。我の忌まわしき本性がわかり、王のお心を狂気に落とさずに済み安堵いたしております」  これは真か……夢を見てるのやも知れぬ……振り向き、そろそろと鳥の体を抱きしめた。 「……わたくしの母の姿をご覧になっていただけますか?」    言うといつぞやのように鳥は我の額にその白き額をつけた。瞼に浮かび上がる姿は鳥とそくりな女人。真白な肌、緩くうねる艶やかで豊かな金糸の髪、瞳も鳥と同じ黄金の色をしている。なんと美しく神々しい……誠……この世の者とは思えぬ。  背後には黄金で飾られた煌びやかな宮殿。人々が騒めく音。煙が上がるのが見えた。これは黄金の国が滅びた日であろうか……。 「金華。母の言うことを良く聞くのです。そして決して背いてはなりませぬ」  落ち着いた面持ち。敵襲が迫っておると言うのになんと気丈な母御であろうか。 「これからそなたは惨き事を目にし、惨き目にも合うことでしょう。しかし決して逆らってはなりませぬ。報復することも決して許しませぬ。人は死ぬが必定。何者であっても何ゆえであってもそれは必ず起こること。それが惨き、理不尽であったからとて時が戻る訳でも愛しき者が生き返ることもありませぬ。妾は愛しきそなたがそのような醜い心に囚われ人を憎み報復を成すことも、成せずに自らを恨み生きていくことも決して望みませぬ。なんとしても生き抜くのです。そして生かされた命は全て自らと愛しき者の幸せのためにお使いなさい。心から愛しきお方に出会うた時、そなたはこの母の言葉を解するでしょう」  真白い腕が優しく我を包んだ。  なんという美しきか……身も心もまさに神の如くである。 「わたくしは未熟ゆえ母の教えを守りきれませぬ。今まで母の教えを守り、何事にも心を整えて参ったはずなのに眩子様にお会いしてからは我は我を御せぬのです……」  鳥が真の心を吐露しておる様子に安堵する。我の前では長く耐え忍び、心を殺し、囚われていたものから放たれるが良い。 「もう耐えることはない。心に思うことを全て申せ」  言うと鳥は我を見遣る。まるで童のような無垢な表情をしておる。 「おそばにいとうございます」 「それだけか?」 「これ以上は申せませぬ」 「言わねば叶えぬぞ」 「王は意地が悪うございます」  我の胸に顔をつけ隠し恨み言を言う姿も愛おしくてならぬ。 「王のご婚儀の日わたくしはずっと泣いておりました。王妃様のご懐妊の報を賜ったときにも震えるほど寂しくなり宮に篭りました。我は未熟なのでございます。王の幸せを願わねばならぬとわかっておるのに心がついてこぬのです」 「もっと聞かせよ。我が再び妃を娶ることはどうだ?」  言葉に白い背中がピクリと震える。顔を伏せたまま鳥が答えた。 「……仕方ありませぬ。王子様、姫様には優しき母君が必要にございます。それに多くのお子がおられれば国は強く盤石となります」 「真の心を申せと言ったはずである」 「……嫌でございます! 再びあのような思いをするくらいなら死にたいのです!」  しばし黙り込むと腕の中でまるで童のように鳥が叫んだ。 「これは稀有な姿であるな……そなたがそのような者とは知らぬであった」 「わたくしは皆様が思うような美しき者ではないのです。未熟で我儘で醜いのです!」 「それで良い。もっと我に真の心を申せ」 「寂しうございます……」  泣きながら心の内を吐露する鳥の涙を舌で拭った。   「もっとだ」 「嫌でございます」 「何が嫌なのだ」 「お許しください」 「ならぬ。申せ」  意地の悪いことであろうか……我のことを想い我儘を申す、かつて見ぬ鳥の姿が可愛くて仕方がない。 「強く望み言葉にするが良い。我がそなたの望み叶えるゆえに……」 「嫌なのでございます! 御身がわたくし以外のお方と共におることが! 誰にも渡しとうないのです。わたくしだけをかわいがっていただきたいのです!」  決してならぬと思っていた金の鳥が我が手の中に落ちてきよった。 「そなたが、何者でも……何もできぬでも構わぬ。我の側にずっとおるがよい。我もそなたがいればもう何もいらぬ」 「……ずっと寂しうございました……見知らぬ国に我だけ残され、あっという間に姫様も逝ってしまわれた……後を追うことも許されず、初めて想うた方とも添い遂げられぬと知り我が身を呪いました……ただただ消えてしまいたかったのでございます……しかし今ようやっと真に母の教えを解すことができました。王にお会いできて……心より生きていてよかったと思えております」 「我も同じ気持ちである」    なんという愛しきか……その白き体を引き寄せ強く抱きしめた。

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