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第27話
王宮の横、宮と繋ぐように建てられた新神宮は王付き建築の匠の梁。李信の総指揮の元、半年を掛けて建てられた。剛健な作りの本宮に対し神の宮は柔らかな曲線を描き白大理石、白溶岩、白竹、白砂などを多用して建てられた真白な宮、質素な作りの中にも静謐。荘厳な雰囲気を醸し出していた。
門を潜り見上げた先には美しい二体の女神の像が微笑み並び立つ。現王、耀讃眩子様の生母、麗黄妃様。楼主様である仙英金華様の生母、金桜妃様のお姿である。
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このような煌びやかかな宮になんという、みすぼらしい我が姿であろうか……年老い肌は黒く皺だらけ髪は抜け落ち少なく真白である。しかし幾度も宮を訪れ並び、やっと手に入れたこの面会札である。なんとしても命尽きる前に金の楼主様にお会いしたい。会うた者は皆、病快癒し、心穏やかになり、のぞみ叶うと聞いておる。そのようなこと真とは思ってはおらぬが会わずにはおられぬ。医にも寺にも多く通うた。しかしあやつら高い金子を望むばかりで何をも出来ぬ、たわけばかりである。刻々この腹は大きく腫れ上がり、痛みを増すばかり、どうせまた同じいかさまであろうとは思うても我にとってはこれが最後の寄る辺であるのだから……。
気後れしながらも必死に足を動かし、痛む腹を抱えよろよろと前に進む。厳重な警備を抜け中に入ると女官に案内され、さらに長い廊下を抜けた先に巨大な金の籠が見えた。その中には金の座が置かれ、その前に立つ白い人影が見えた。あれが金の楼主様であろうか……。
まともに拝すことはできぬまま、恐る恐るその前に設けられた座に伏し頭を下げた。
「たくさんお待たせして申し訳ありませぬ。我に申したきことお話しくださいませ」
柔らかく優しきお声、恐る恐る顔を上げると楼主様は優しく我に微笑み掛けて下さった。
噂には聞いており、どのような神々しいお方なのかと思い巡っておったが、そのお姿はその思い描いたどれよりも美しく神々しい。光り輝く真白な肌。金糸の髪。蜜蝋の如くの瞳。まともに拝すことなど到底叶わぬ。
「……な、なんと……神々しいこと……」
我は神に出会うたのか……自然に涙溢れ頭が下がり言葉が出ぬ。思わず再び地にふした。
「そのように畏まることはありませぬ。どうぞお顔をお上げくださいませ」
体の震えが止まらぬ……しかし二度と御目通り叶わぬかもしれぬのだ! 震える体を堪え体を起こし必死に唇を動かす。
「……楼主様! 我は病でこのように腹が大きく膨れ上がり、もういくばくもありませぬ。人は死なねばならぬとはわかうていても、死に行く時の痛み苦しむは幾許のものであろうか……死したら皆我を忘れてしまうのではないかと、おそろしゅうておそろしゅうてならぬのです」
さらさらと衣擦れの音がして楼主様がこちらに来られる。芳しき桂花の香りが広がった。
「このようなところから申し訳ありませぬ。御祖 様どうぞ我にお手を合わせてくださいませ」
震える足を奮い立たせ立ち上がり金の籠により手を差し出した。籠ごしに楼主様が白魚のような美しい御手を重ねられる。
「何もおそろしゅうことはありませぬ。御祖様はこの世に生まれ人と出会いたくさんの皆様とのご縁を結ばれました。その皆様おひとりおひとりの心の内で生きておられるのです。お子は成されましたか?」
「は……はい!」
「大きなお役目を果されましたな。お子らの中にも御祖様は生きておられます。死すると皆暖かい場所に行かれると聞いております。何も辛うことはなく先に旅立たれた方に再び会うことができるのだそうですよ。その日までどうぞ心安らかにお過ごしくださいませ。思い煩う刻がもったいのうございます。どうぞお子ら、お孫様も居れば共に優しく語らう時間をお作りくださいませ」
金の楼主は微笑み我を見つめた。
「あ、ありがとうございます……楼主様!」
涙が止まらぬ。病にかかってより日に日に膨れ上がる腹がいつ破するのではないかと恐怖し惑い、家族よりの慰めの言葉も耳に入らず喚き嘆き悲しんでばかりであった。皆になんと酷いことをしておったのか。そして我の少ない命になんと惜しいことをしておったのか!
「き……気のせいでございましょうか? 腹が痛くありませぬ! 楼主様が取り除いていただいたのでございますか?」
「我にそのような力はありませぬ。御祖様の明るく前を向くお気持ちが病を退けられたのでございます。人は必ず死なねばなりませぬが最後の日まで愛しい方々と笑うて過ごすことが命永らえ、全うすることだと心得ます。どうぞ心安らかにお過ごし下さいませ」
「う……うーーーーありがとうございます! ありがとうございます!」
止まらぬ涙と共に腹の痛みも恐怖も流れ落ちる心地がした。
現世に神がおられ我に優しく微笑み掛けて下さった。
我はもう病も死も何も怖いものはあらぬ。
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「もう早朝より三十人を超える民と謁見されております。そろそろ終わられた方が……」
「……大丈夫でございます。皆明け方よりずっとお待ちいただいているのです。王のご帰還までお役目果たします」
「ではせめてこれをお召し下さい」
霊芝の実が乗った銀皿が差し出された。
「ありがとうございます。亜藍殿」
「わたくしに礼など必要ありませぬ」
「そうでございますか」
王の命とはいえ亜藍殿が我を護衛するなどさぞかしご不快であろうことはわかうておる。幼少の頃より片時も王のお側を離れたことがないと聞いておるのに、酷いことをさせておる……。
冷えた実を口に含むと喉がひりりとした。そう言えば朝より何も口にしておらなかった。甘い霊芝の汁が喉を潤し甘露であった。
表には出さぬが優しき心。亜藍殿もまた長く辛い刻をへて王宮へご帰還なされたのであろうな……。
「ありがとうございます……あ、すみませぬ。無用な物言いでございました。次の方をお呼び下さいませ」
言うと亜藍殿は無言で頭を下げられた。
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