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第30話
それは鬱蒼とした森の中にあった。北三条の納屋とはここであろうな……馬を降り手綱を引きながらそろりと進む。
「よういらっしゃいました。金の楼主様」
納屋の前、誉高様と数名の者の姿が見えた。あの白き装束は光天教の者達の容貌である。誉高様は縄で拘束されておった。なんとお痛しいことか……。
「誠おひとりでおいでになるとは、その勇ましきお心、恐れいりましてございます」
話しておるのは、教祖の虞澄則 であろう……。
やはり王城より跡をつけておったか。光天教は眩子様が政を取るまで第一の国教であった。民に落とされたゆえの我への恨みか……であるならば目的は誉高様ではないはず……。
「そなたたちの望みは我であろう。誉高様の縄を解くのです! これを見るがよい! なさねばこの身に油を被り火を付けましょう! 黒焦げの我が身ではそなた方はご用をなさぬのではありませぬか?」
手に掲げ持つは油の入った瓶と火のついた灯火具。
「さすが神の宮の楼主様。見事な御覚悟でございます。おい王子をお放ししろ!」
「金華ーーーー!!」
言葉に誉高様の縄が切られ泣きながら走り寄って抱きついていらした。暖かい御身に心より安堵する。しかしまだ油断するわけにはいかぬ。
「痛うところはございませぬか? もう少しだけ堪えて下され!」
身構え灯火を持ち威嚇しながら、泣いている誉高様の体を片手で抱え上げ馬に乗せる。
「身を伏せ手綱をしかと握るのです。後ろを振り向いてはなりませぬ!」
誉高様は幼いながらも乗馬の名手。必ずや無事に帰城されるであろう。
「金華! やだよ! 一緒に乗って!」
「泣くでない! そなたは次代の王! 惑うことなりませぬ! 身を伏せ手綱を強く握るのです!」
誉高様はビクリと体をすくませ、言う通りに身を伏せ手綱を握られた。その姿を目し強く馬に鞭を入れる。王東馬は賢馬である。必ずや王城に誉高様を導くはず……。
「動いてはなりませぬ!!」
その姿を追おうとした者達を目にし灯火具を高く掲げる。馬が王宮に着くまで決して追わせるわけにはいかぬ。
じりじりと睨み合うこと一刻。
「もう良いでありましょう。もはや王子に追いつけませぬ。そのような物騒な物、どうぞお捨てくだされ。我々は決して無体をするつもりはありませぬ」
虞澄則が笑いながら近寄ってくる。
その姿のなんという 禍々しきか……。
我が敵の手に落ちれば、眩子様の足枷となる。
眩子様……真、我は幸せでございました。あちらで必ずや永久の御代と民の平和をお守りいたしましょう……母上様……教えを全う出来ぬことお許しくだされ。今お側に参りますゆえ、どうか存分に我をお叱りくだされ。
( 我のお役目はここまでである! )
油を身に被り、灯火具を落とそうとした腕を四方より捉えられ轡をかけられた。
「そのような美しい姿。黒焦げにするなど、なんというもったいのうことをなさるか……」
縄を強く掛けられ暴れても身動きが取れず、舌を噛むことも叶わぬ……。
「ご安心ください。我々は神の僕。どのような醜い淫売であろうと弑すなどと野蛮なことは致しませぬ。もう少しだけ付きおうていただき、用が済み次第、貴方様の熱心な信者殿にお渡しいたしますゆえ……」
虞澄則がちらりと覗き見た先にはあの折りの四名の王の兵。此度のこと手引きしたに違いない。
「ほんに恐ろしいのう……王も、そなたの毒にあてられ、もはやこの者らのように気が触れておるのであろう? なれば、そなたの身がこちらに居れば決して我らに手出しは出来ぬはず。誠良い物が手に入った。狂うた王にお願いし国教をあるべき場所に戻していただきましょうほどに……」
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