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第32話

 日が登ると同時、光天教の本殿の内より鐘が鳴らされ門が大きく開かれた。何事か?と集まる者達を信者達がにこやかに手招き振る舞いの酒と菓子と共に中へと促す。  広場には白の装束を纏った数十人の信者が並び、その真中には煌びやかに飾った高座が作られ、その上に教祖の虞澄則(ぐりょうそく)が座していた。  その華やかなその場と相反するように、前の石畳の上に薄衣一枚を纏った姿で縄と轡を掛けられ跪いている者の姿があった。    招き入れられた民達は何事が始まるのかと周りを囲む。 「皆よう来て下さった! これより王を誑かすだけに止まらず、こともあろうに神を語り始めた穢らわしき男娼の本性を明らかにす! ここに集まりし方々、とくと見届けられよ!」    高台の上に立ち、虞澄則が誇らしげに大声す。  ざわざわと民達の声が広がり、跪くその姿の者が金の楼主であることに気づき始めた。 「何が聖者か? この者は敵国よりの戦利品。前王の慰み者。先の革命の際には下賤にあたえられた褒賞である。抜かりのう現王にも取り入り権力を手にし誠のよき信仰の徒を迫害しておるのだ!」  縄を掛けられたその肩より布が裂かれると白き肌が晒された。  その真上に後ろの篝火で熱した真っ赤な焼きごてが掲げられる。   「この者がまこと神の使徒であるならば直ちに雨嵐を呼びよせ我々を雷で撃ち殺しておるはず! しかし全てが摩耶かしであるがゆえ、そのようなことは起こらず、このように天は晴れ、風は凪ぎ神は我らに味方しておるのである!」 『全てその通りでございます』  信者達は皆頷き地に伏し教祖に最敬礼を捧げる。   「轡を取ってやるが良い」  教祖の言葉に金の楼主の轡が外された。その髪は切られていたがその美しい姿に民は金の楼主であることを確信する。 「しかし……どのような卑しき、穢らわしき者であろうと我が慈悲深き光天教は見捨てたりはせぬ。神を語り、民を騙し、国をも傾けようとした己が罪を認め、全て偽りであった。と申せば決して無体なことはせぬ」  言葉に金の楼主はゆっくりと面を上げる。煌々と燃える焼き印が自らの頭上にあると言うのにその姿は水の如く平静であった。 「わたくしは神などではあらぬ。王と皆様の平穏を心より願っておるだけの者。我が身が穢らわしきと思わば、いかようにもご処分下され」 「己が罪を認めず神への冒涜を続けし憎き、醜き者よ! 望み通りその身に淫売の証を受けるがよい!」  虞澄則が片手を上げ合図する。  多くの民が息を飲みその様子を見、また震え目を背けた。  「ここに妖魔の罪状を明らかにし、真実の信仰を取り戻す! とくと見るがよい! 穢らわしき淫売の正体を!」 「やめよーーーー!!」  大きな声がすると見張りの者の隙間から老婆が刑場に転がり込んだ。 「汚い手で楼主様に触るでない! この罰当たり者らが!」  声に怯み焼きごてを持った信者の動きが止まる。老婆はすくと立ち上がると見守る観衆に向けて叫びを上げた。 「皆何を惚けておる! この腰抜けどもめ! 楼主様よりの多くの恩恵をいただいたこと忘れたとは言わさぬぞ! 我は楼主様に命と心をいただいた! 我だけでは無い。楼主様の宮に頼り来た者全てが命を心をお救いいただいたのだ! お前らのような金子ばかりを巻き上げる口先だけのまがいの信とは格が違うのだ!」  老婆は虞澄則に向い指差し罵声を浴びせると教祖の顔は真っ赤となり、引き攣ってわなわなと震え出した。見物していた民もざわざわと騒ぎ出す。皆恐怖に口に出せずにいたが既に神の宮での恩恵は民の間にも深く浸透していた。   「この婆婆が生意気な口を!」 「いけませぬ! 御祖様(みおやさま)!」  金の楼主が叫ぶと同時、信者の槍が老婆の体を貫き、どうっ……と倒れ込む。飛び散った血飛沫が真白な高台にかかった。 「おのれ! 我の聖壇が婆婆の血で穢されしである! 早うその醜き物をここより運び出し淫売に烙印を押せ!」  信者達が慌てて動き出し、民はざわざわと騒ぎ出した。    その騒の中、どうしたことか金の楼主は綱で括られた姿のまま頭を下げ動かなくなっていた。     「うわ! なんだ?」  誰かが叫ぶと、ぐらり……と足元が揺れ他の民達も声を上げた。  地震か? と信者も観衆も周りを見回す。  それは細かな振動であったが、ずっと止まらず足元を揺らし続ける。     ドォ……ン!!!!  鈍く大きな音がすると共に地面が隆起し地が割れ、目の前の信者が数名、奈落へ落とされた。   「きゃーーーー!!」 「逃げろーーーー!!」    民は驚き悲鳴を上げ四方に逃げ惑う。    ドォ……ン。  ドォ……ン。    しかし地響きは止まず、民と信者の体を揺らし続け逃げること叶わず転げてしまう。地に落ちた手の平からは今にも足元が割れるのではないかと思える不気味な亀裂音がビキビキと響き続けた。  

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