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第35話 side金華 ※R

「お支度を……」  王は優しく我を寝所に横たえて下さった。  しかし何の準備もしておらぬ。せめて体を清めるだけでも……。    慌てて身を捻るが御手がそれを遮った。 「構わぬ」 「……しかし…… 」  暖かく力強い腕が我を包む。眩子様の脈動する鼓動を誰よりも近くに感じる。もう二度と戻ることはないと諦めたこの幸せな場所に真に帰ってこれたのである。 「眩子様……?」  眩子様の体が震えておる。どうしたことかと見上げるとその黒曜石の瞳より涙が落ちておるのが見えた。   「……此度のこと! もはやそなたは今生に居ぬであろうと覚悟した! どれほどの! どれほどの無念であったと思っておる!」  痛いほど強く抱きしめられると、王が恫喝される。 「許さぬ! 我より消えること決して許さぬと申したはずである!」  それは我を想ってのこと。嬉しくて、幸せで我も涙が溢れ止まらぬ……その大きな背に手を回し縋り強く抱きしめ返した。 「……あのひとときに……我はみっともなくも自らの命を惜しゅうと思うてしまいました。眩子様のお姿が瞼に浮かび、共におりたくて、生きておりたくて……炎を放つ手が震えたのでございます」  故郷を奪われしより自らの命を惜しいと思ったことなど一度もなかった。しかし初めて心より死にとうないと思えた。ただただ眩子様の暖かくも力強いこの腕の中に戻りたかった。  まるで喰らうが如く眩子様の御手が……唇が我の体を這う。強く痛くされるほど王のお心の熱き、強きを感じて心地良い。このまま喰われてしまいたい……。   「……眩子様」    王に触っていただくだけで下が熱く立ち上がり、出しとうて仕方がなくなる。その浅ましき様を愛しき眩子様に全て暴かれておるのだと思うと恥ずかしくどうして良いかわからなくなる……。 「……っ」  せめて声が出ぬよう目を伏せ指を噛んだ。 「目を開けよ」  ふいに囁かれ目を開けると眩子様の黒曜石の瞳が見ゆる。   「そなたを抱いておるのは誰であるかを見よ。我に抱かれて喜んでいる自らの姿をとくと見よ」  彫刻の如き鋼の体。精悍なお顔。なんという男ぶりであろうか。我が国唯一の王が我をこんなにも求めて下さっておる。我の体を強く擦る御手が目に入る。淫らに喜び立ち上がる自らの浅ましき物が目に入り消え入りたいほど恥ずかしい……なれど王に触っていただくのが嬉しくて堪らぬ。 「良きか?」 「……はい……」  身の内に入れご奉仕することも叶わぬ。我ばかり申し訳ない。せめてもと手を伸ばし王の賜物を擦り上げるが、王の御手で強く握り上げられもう耐えられぬ……。 「ーー…眩子様……も、もう…」  王のお体に強く縋り互いのものを強く付ける。眩子様も心地良うなっていただきたい。  波のように襲ってくる愉悦を耐えながら体をぴたりと押しつけ強く擦った。 「……あ、あぁ…!!!」  腰を掴まれ王の熱き物で強く擦られるとたまらず子種を出してしもうたが王の熱きものも我の腹に掛かる。嬉しい……せめてものご奉仕が出来たこと嬉しくて堪らぬ。  熱き吐息が我の耳にかかり再び強く抱きしめてくださった。  もう決して我より離ること致しませぬ。  ずっとここにいとうございます。    ・・・・*・・・・*・・・・*・・・・ 「我は今宵そなたを真、我のものとする」  背中より抱きしめられ耳元で熱く囁かれた言葉にぞくりと背筋が寒くなる。  そのお言葉は禁忌を破るという恐ろしき意であろうか……。 「いけませぬ!」 「舌を噛むでないぞ」  我が舌を噛まぬよう眩子様は我の口を塞ぐ。  戯れではない。その真剣な眼差しに本気であることを知る。  我の全ては眩子様の物。死ねとおっしゃれば喜んで死してみせましょう……しかしそれだけはならぬこと……。 「以外のことならば、どのようなことでも致します……どうか、どうか、それだけは……」 「我は狂うたりせぬ……」  王は笑いながら確たるお声で断された。 「しかし……」 「そなたの母御におうた時、我は神託を授かった。そなたも聞いておるはずである。しかし幼き頃の記憶ゆえ、その意を解さず覚えておらぬであったのであろうな」  母上様よりの神託? 覚えておらぬ。そのような教えがあったであろうか……。 「……我はあの折、そなたを本気で弑そうとした……」  それは我が意識を失くし、王のお言葉も耳に入らず起こした恐ろしき行いゆえのことである。   「当然のことでございます。眩子様の私を交えぬ揺るぎない王たるお覚悟とご決断まこと尊し感じ入りました」  何よりも先に民を案じ、弱き者をお見捨てにならず正しき裁量を下す王のお姿であればこそ我は心よりお慕いするのでありますゆえ。 「我もそなたも……明日、いや今この時に死すかも知れぬのが生きておるということである。なれば我はもう待たぬ……」  王の力強い言葉にそのお覚悟の程を知る……。 「……なれど……」  ……決して王のお言葉を疑ったりはせぬであるが、あまりにも恐ろしきことである……。 「今一度そなたに問う。そなたは誰を愛しく想うておるか?」  我を覗き込む優しきお顔。惨き宿命、重き責を負いながら常に優しく強く輝かしい……そのお姿にお心に我は幾度も恋い慕い見惚れてしまうのでございます。  いけぬ……と思うても誘に抗えぬ。  欲しくてたまらぬ。なんと浅ましく醜きか。 「眩子様より他にありませぬ。わたくしの全てでございます」  ならぬと思うも真の言葉を告げてしもうた……。  しかし、この心持ちにはなにの偽りはございませぬ。 「ならば案ずることはない。我の手の中に堕ちてこよ。傾国の金の鳥よ……」  優しく笑われるお顔。熱き逞しい体躯に抱き寄せられる。  なんという甘き誘惑……。  恋しくて、欲しくて、抗えぬ。  姫様申し訳ありませぬ……。  震える手でその愛しき御手を取ってしもうた。

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