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第40話

「そなたも少しは公務を減らすが良い。我の相手が第一の務めであろう?」 「もちろんでございます」  寝屋の中愛しき方と寄り添い戯れ睦言を交わすこのひとときのなんと幸せなことか……そして偉大なる王がこれよりずっと我と共におられるなどなんと贅沢なことであろう……。 「しばし芳玉を連れてこの広き国を旅して回ろうぞ。そなたも参るがよい。病ゆえ都に来れぬ者も多くおる。我が護衛するゆえ金の楼主様の姿を見せ民の心を和らげてやるがよい」 「また護衛などと……贅沢がすぎまする」    そうである。まさか芳玉様を女帝となすとは……。  御年まだ五歳。あまりに重き責である。 「芳玉には悪うと思っておる。しかしこれは父ではなく、王として平らな目での判である。もっとも適であると思うたゆえのこと」  芳玉様は黒髪、黒眼。眩子様に一番近う容姿をしておる。  確かに驚くほど賢く、幼きと思えぬ問答の鋭さに驚くこと度である。  眩子様のお姿を……初代王のお姿をも、一番近く写しておられるのが王女様であると言えるのであろうか…。  それに誉高様、誉栄様とも父上様よりと思えるほど妹君を溺愛されておられる。国を二つに割らぬためにも、この術が最良なのかも知れぬ。 「どのような決を下しても我亡き後争いが起こらぬとは断ぜぬ。子等を信じておるが、その妻、夫、子等が良きものとは限らぬ。しかし信じ託す外はない」  王のお言葉は力強くそのお覚悟のほどが伺える。  なれど……。 「な、何を泣いておる?」  落ちてきた涙が止まらぬ……。 「王があまりなことをおっしゃるからでございます!」  どのように拭おうとも涙が止められぬ。 「我が何か申したか? 芳玉を女帝となすのがそのように不憫であるか?」 「違うのです……王が、な……亡く……なるなどと……あまりに不吉なことを口にされたゆえ……」 「はは! 例えであろう。人は誰であろうと死なねばならぬ」  王は無様な我を見て大笑されておる。 「笑い事ではございませぬ! そのように不吉なこと! 二度とおっしゃらないで下さいませ!」  大声をあげた我に王は驚いておられる……非礼だとわかっておっても止められぬ。 「うーーーーうーーーー」 「そんなに泣くでない。まるで我が無体を働いたようではないか」  我を包む暖かく力強い腕、優しきお声。それが全て消えてしまうなどと考えるのもおぞましい。 「いやでございます……」 「わかった。わかった。もう二度と口にせぬ」  王は笑いながら我の涙を拭って下さった。その愛しき姿を見遣るとさらに涙が溢れてくる。 「我の前に旅立たれるならば必ず我を連れて行って下さいませ!」 「また我儘を言い始めたの……」 「必ずでございます!」 「そなたはこのような時だけ童のようであるな」  我の背を優しく撫でながら呆れておられる。しかしその口より是とおっしゃって頂かねば決してこの涙は収まらぬ。 「お約束下さいませ!」 「まったく惨きことばかりねだりおる……」  眩子様はため息をつくと、我を強く抱きしめて下さった。 「ずっと我と共におるがよい。生ある限り、そして死した後も……」 「眩子様……」 「ようやっと泣き止んだの」  我は何という無礼な態度を……我に返ると身の置き処なく王のお顔を拝せぬ。 「……すみませぬ……我を嫌わないで下さいませ……」 「……ますます愛しくてならぬ……真困った傾国の金の鳥である……」  度、そのまま柔らかき褥に誘われた。  真でございます。暖かく力強い御身に強く縋る。  我の世に御身が居られぬことなど決してないのでございますから……。

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