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第3話 退院

   その時、廊下からパタパタパタっと騒がしい音がするなと思っていると、病室の扉が勢いよく開けられ「康っ!!」と叫びながら、母さんが俺に飛びついてきた。 「うわっ…びっくりした!」 「こっちこそびっくりしちゃったわよ!滋君から康が配達先で倒れて病院に運ばれたっていうんだもの……」 ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、気恥ずかしさに、止めてくれっと母さんの腕を押し返す。 「もう大丈夫だからっ…理由はわからないみたいだけど、平気だから」 と宥めると、本当?と心配そうな顔で見つめられた。とりあえず一泊、様子を見て何事もなければ明日退院しましょうと言われ、詳しい説明をするために医師に促されて母さんは出ていった。そして、ずっと付き添ってくれていた滋おじさんも店に戻らなきゃと言って帰っていった。  ようやく一人になった病室で、倒れた時のことを思い出そうとしてみる。スタジオに行って、いくつか弁当を別の部屋に運んでくれと言われたところまでは覚えているんだけど……。頭に受けた衝撃は、なんだか重いものが上からおちてきたのかと思うほどだったけど、そんなもの現場にはなかったみたいだし……。何だったんだろう。そうやって俺には首をかしげることしかできなかった。  一泊病室に泊まらせてもらったけれど、やはり何事もなく朝を迎えた。今日は月曜だから学校……かと焦ったけれど、迎えに来た母さんに「何言ってんの、夏休みじゃない」と言われて、頭がどこか悪いのではと心配された。失礼な。  朝の診察でもどこも異常なさそうだねと言われ、ただこれからも何かあればすぐにうちにおいでと言ってもらえた。 「総合病院なら心配なことがあっても頼れるから安心ね」 と母さんが安心したようで、俺もほっとする。  無事に退院の許可がおり、空調の効いた病院から一歩出ると、そこは8月に相応しい灼熱の太陽がギラギラと輝いていた。気温の変化にクラクラすると言うと、過保護な母さんの決定により、タクシーに乗せられて帰宅した。  我が家に着いたものの、特にやることはない。自分の部屋のベッドに横になったものの、昨日からずっと病院のベッドにいたもんだから全く眠気は来ない。  しばらくゴロゴロ寝返りを打ったり、スマホを眺めたりしていたけど、どうにも手持ち無沙汰で1階のリビングにおりていった。  父さんは仕事に出かけていて、母さんも午後から出社すると行っていたから誰もいない。うーーんと伸びをして、昨日迷惑をかけた美千子おばさんのところへ顔を出そうと決めた。  おじさんとおばさんの店までは家の最寄駅から2駅ほど郊外に出たところなので、歩いても行けるくらいの距離だ。ただ、今日は大事をとって電車で行くことにする。駅前は午後3時過ぎということもあり、まだそれほど混んでいなかった。というよりこの時間帯は暑すぎて人気が少ないのか。  1分でも屋外に立っているだけで汗がにじんで来る。俺は、ジージーとうるさい蝉の合唱を背に足早に商店街を目指した。ほどなくして、おばさんたちの弁当屋「キッチン ぽっぷ」が見えてきた。  あまりの暑さにか、店頭にはお客さんの姿もない。「こんにちは〜」勝手知ったる店だから、ズカズカと厨房まで足を進める。するとおばさんが店の電話で、話し中だった。  「えっ……えぇ……まぁ。それは、……えぇ…」となんだか歯切れが悪い。おばさんの視線が、俺にぶつかると大きな目が、さらに見開かれた。  「えぇ……本人に聞いて……はい。そうですね……」

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