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第5話 再来

 また弁当を積み込んだバンに乗り込んで、再びあのスタジオへ向かう。今度は何が起きてもいいように心積もりしておく。もちろん滋おじさんにも、万が一またぶっ倒れることがあるかもしれないけれど、ごめんと謝っておいた。おじさんは、人の良さそうな顔をくしゃっとさせて「今からごめんって、言われてもなぁ〜」と言って首の後ろをかいていた。  バンがまた正門をくぐり、駐車場で止まる。台車に弁当を載せかえて、また慎重に運んでいく。2回目ということもあり、だいぶ冷静に周囲を見回す余裕がある。  裏口の搬入口から、また3階へ向かい、エレベーターに乗る。冷たい金属製のエレベーターの中は、空気もひんやりしていて、なんだか緊張感が増してくる……。あ、助けてくれた人にもお礼を言わなくちゃならないな。  そんなことを考えていると、エレベーターは静かに3階で止まり、俺とおじさんはゆっくりと台車を押しておりた。またいくつもの角を曲がり、スタジオ2の大きな看板が見えてくると、胃がギューッとするような感じがした。  大きな扉を開けて、また大きな会議室へと出た。机にケースから取り出した弁当を並べていく。今日は鮭の塩焼き弁当と、ハンバーグ弁当だ。また間違えて取らないように、弁当の名前を書いた紙を机に貼り付けておいた。  自分の仕事が終わると、おじさんにひと声かけて、近くにいたスタッフの人に「昨日、ここで倒れた者なのですが、助けていただいた出演者の方にお礼が言いたいんですけれど」と伝える。  男性のスタッフは、一瞬驚いたように動きを止めて俺の顔を見ていたけど、弾かれたように「……っ、ちょっとお待ちください!」と慌てて奥へ走って行った。  それを呆然と見送る。俺、なんか変なこと言ったっけ?なんであんなに慌ててたんだろ。しばらくするとさっきのスタッフが戻ってきて、こちらへどうぞと案内される。この前みたいに出演者やスタッフの人たちが慌ただしく行き来する中をどんどんと奥へ進む。また真っ白いスタジオを通り過ぎ、一軒家のセットを通り、さらに奥へ。控室と書かれた小さな部屋に通されて、しばらくお待ちくださいと言われ、ソファーに座って待つ。  なんだか心臓がいつもよりうるさいのはなぜだろう。ふ~っと深呼吸して、落ち着け自分と言い聞かせる。  永遠にも感じられる程の長い時間が過ぎた頃、ようやくトントンっと扉がノックされた。ビクッと肩が震えてしまったが、平静を装って「どうぞ」と声をかけた。  入ってきた人は、……やっぱり。この前の"運命の男"だった。俯きがちに入ってきた男の髪の毛は、黒々としていて、ゆるくウェーブがかかっている。長めの前髪の下には、高く整った鼻梁がすっとのび、印象的な目は大きくて真っ黒なサングラスで隠されていた。服も黒一色。ラフな格好なのに信じられないくらい格好いい。そして、恐らくこの人はαだろう。なんというか、圧倒的なオーラが滲み出てる。それこそ性別不明の俺なんかでも分かるくらいだから、よっぽど凄いんじゃないだろうか。  目線がどこを見ているかもわからないまま、男は目の前のソファーに腰を下ろす。俺は、立ち上がり「あっ、あのっ…。昨日は倒れたところを助けていただいたそうで、ありがとうございました。この通り、元気ですので、ご心配なくっ」と勢いにまかせて一気に言うと、思いっきりガバっと頭を下げた。  男は何も言葉を発しないものだから、頭を下げ続けていた俺には無言の時間がいたたまれなくなり、そっと目線を上げる。するとパチっとこちらを見ている男と目が合った。すると頭の中で、何かが蠢いたような気がしたけど、その正体は霧のように消えていった。 「………名前は?」  低いテノールの声が響く。いい男は、声までいいんだなぁなんてぼーっと考えていたので、一瞬、反応が遅れた。 「あ…し、島本。島本康(しまもとこう)です。今、高校2年生で。親戚のおじさんの店でバイトしてて。昨日も手伝いで来たんですけど、気がついたら倒れてて。病院で目が覚めて、で、でも先生からは何も問題ないって言われて、今日退院してきたんです」とまた聞かれてもいないのに、ベラベラとしゃべってしまう。  イケメンを前にすると緊張するって本当なんだな。と冷静にツッコむもう一人の自分もいた。  フッという声が、聞こえてきたので、男を見ると口元を手で隠してはいたけれど、確かに微笑んでいた。急に恥ずかしさに襲われ、「あ、あのお兄さんは?」と真っ赤な顔で尋ねた。 「俺はジョシュア……。輝本(てるもと)ジョシュア。仕事ではアダムという名前を使っている」 「ア、アダムさん……」 「いや、ジョシュアと呼んでくれ」 「は?……は、はい」  一瞬、間抜けな声が出てしまったが、なんとか誤魔化せた……と思う。  ところが、それ以上、ジョシュアさんを見つめていても特に何も話そうとしない。しばらく無言の時間が続いて、さすがに限界を感じた俺は、そろそろ撮影もあるだろうし、お時間とらせてすみません。失礼しますと言って立ち上がろうとすると、急に手首をぐいっと掴まれたもんだから、体勢を崩してジョシュアさんの方に倒れ込んでしまった。

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