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第7話 判定
酷く身体が重い──。怠いまぶたをなんとかこじ開けると、またしてもそこは病院のようだった。一体、どうしてここに。そう思った刹那、ジョシュアのやけに整った顔が思い浮かんだ。あぁ、そうだ、あいつに……。
ハッとして思わず、自分の下腹部に手をやったが、異常はなさそうだ。濡れていた下着もきれいなものに着替えさせられていて、病院のパジャマを着ていた。ハァーっと深いため息をついた。
俺のため息を聞いたのか、閉められていたカーテンの向こう側から「島本さん、起きましたか」と見知らぬ声がした。
「えっ……はい」
失礼しますと言ってカーテンを開けて、顔を出した男は、ジョシュアのマネージャーで小川と名乗った。
「昨日はアダムが島本さんに失礼なことをしたそうで。申し訳ありませんでした」
失礼どころではない。こっちは襲われそうになったんだ。そう怒りをぶつければ、小川という男は片眉をピクリと震わせて
「……そうなんですね。アダムはあの容姿ですからモデルや俳優をやっていますが、周囲の人に全くといって興味を示さないやつなんです。それが島本さんのことは"大事な人"だからと。あいつが他人をそんな風に言うのを初めて聞きました」と淡々と話した。
確かに彫刻みたいな容姿をしているし、同じ男でも美しいと見惚れるほどだが、だからって好き勝手していいわけないだろ。「んで、あいつは?謝りにも来ないんですか」
「いえ、昨日スタジオでヒート状態になって気を失ったあなたを車でこの病院まで運んで来たのはアダムです。撮影もすべてほっぽり出して。ずっとついてると言ってきかなかったのですが、私が叱り飛ばしてスタジオに突っ込んできました」
「えっ、昨日?!……やば。おじさん、母さんにも何も言ってない!」
あたふたし始めた俺を制して、小川さんは「すでに昨日の時点で連絡してあります。ご両親は昨夜、お見舞いに来られましたが、私がついていますと申し上げてお帰りいただいたのです」
「じゃあ、俺も目を覚ましたので帰ります」
「いえ、島本さんの場合、おそらくもう少しお時間が必要かと思います」
はい?と問い返す間もなく、病室にトントンとノックの音がして医師が入ってきた。入れ違いに小川さんは席を外す。
真鍋ですと名乗った先生は、栗色の髪をした柔らかな雰囲気の人だった。丸い大きな眼鏡の奥にある大きな一重の目が、こちらを心配そうに見ている。
「島本さん、大変でしたね。ここに運ばれたのは2度目だと聞きました」
「はい。いきなり意識を失ったり、ヒートっぽくなったり、自分でもわけがわからないんですけど……」
真鍋先生は、近くにあった丸椅子を俺のベッド脇まで持ってきて腰掛けると、
「僕の専門は、簡単に言うと第二性別なんです。前回の入院の時には、まだよくわかりませんでしたが、どうやら島本さんの第二性別が発現し始めたのかもしれませんね」
そう言うと俺に色々と質問し始めた。
「島本さんは今まで第二性別は何と判定されていた?」
「今回のようなヒート状態になった経験は?」
「抑制剤などの薬は、日常的に服用している?」
すべての質問に答え終わった後、先生は考え込むようにしていたが、「恐らく、今回、血液検査をすれば、島本さんの第二性別は判明すると思いますよ」と告げた。
何というか凄く嫌な予感がする……。勝手に両親がβだからそのうち俺もβって判定されんだろ、って思っていたんだけど………。まぁ、なるようにしかならないか。
──そして数日後、めでたくもないけど、俺はΩと診断されたわけだ。初回ということもあり抑制剤が効いたのか、入院してからはあの理性が吹っ飛ぶような感覚は起きなかった。ただまだ色々不安定だろうからと2週間みっちり入院するようにと言い渡された。そしてイチからΩの生活、抑制剤の服用方法、日常生活で気をつけること、カラーを首に巻いておくことなどを真鍋先生や看護師さんから教え込まれた。
自分でも以前から少し勉強していたものの、実際にΩと判定されてからだと、真剣味が違う。いきなりヒートして、わけわからんままジョシュアみたいな鬼畜なやつと番になってはたまらない。
ちょこちょこ小川さんは仕事の合間にお見舞いに来たようだが、俺はもう関わりたくありませんとナースステーションに言って出入り禁止にしてもらった。ジョシュアにも俺の前に姿を見せるなと言付けてもらう。
何が"運命の男"だよ。とんだ鬼畜サイコ野郎だったじゃないか。俺の直感も恐ろしくポンコツだった……。Ωには、αの運命の番がいるらしいが、やっぱりそんな人に出会えるのは、本当に一握りの幸運なやつなんだろうな。
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