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第9話 威圧
ジョシュアの威圧に押されて、俺は動けなくなりそう。先生は苦しそうに顔を歪めて「し、島本さん……大丈夫……か……い?」と問いかけてくる。
周りを見ると、平気そうな人もいるけれど、すごく苦しそうに地面に倒れ込んでいる人もいる。きっとあいつのせいだ。
急にムカーっと頭に血が上り、俺はドスドスドスとジョシュアに向かって行った。そして、サングラスごしに目をギラギラさせているあいつに
「おい、ジョシュア」と呼びかけると、ピクリと反応した気がするが、まだ威圧オーラは全開だ。くそっ、もうしょうがないな。そして俺は、右手を大きく振りかぶって、あいつの頬に平手打ちをお見舞いした。
「パッチーーン」
それはそれは、キレイな音を立ててヒット。すると、同時にあの異常なまでの威圧感が霧散した。
すぐさま真鍋先生の所に戻ると、ぜえぜえと苦しそうにしつつも、もう大丈夫と、手で示してくれた。ほかにも倒れている人がいるからと言って、その人たちの手当に行った。
俺はもう一度、この騒動を引き起こしたあいつの方を見ると、放心したように突っ立っている。このまま野放しにはしておけないだろう。しょうがないなと、あいつの手を引いて、自分の病室へ連れて行くことにした。たとえ襲われたとしても、ここは病院だし、カラーもつけてる。呼べばすぐに人が来てくれるという安心感もあった。
意外にもあいつは大人しく付いてきて、俺が病室のベッドにあぐらをかいて座り、あいつには丸椅子をすすめると、静かに座った。せっかくのバラの花束もヨレヨレになってて可哀想に。はぁとため息をつくと、今日は一言も発していないあいつに向かって
「んで、一体あんたは何がしたいんだよ」と問い詰める。
ジョシュアは、チラリとこちらを見て、またすぐ俯きながら「……だって、康は俺のだ。あいつが康にベタベタしてたから……」
ベタベタなんかしてないだろ。あの人、俺の主治医だし。ほかにも無関係な人まで倒れてたんだぞ。ありえないだろ。非常に冷たい声で言ってやると、分かりやすく、シュンとへこんでた。
………大きな犬か?一瞬、大きな耳と尻尾が見えたような気がするけど……。
「……俺はおまえのものじゃない」
念を押すように言うと、またちっさな声で「康は、俺の"運命の番"だ」と言うから、一瞬俺もドキッとしつつ、「はぁ?」と剣呑な声が出てしまう。
「いや、だって運命の番だったら、会った瞬間にお互いわかるって聞いたけど。俺は特にあんたに何も感じないよ」
そう言うと、ジョシュアはすごく悲しそうに俺を見た。
「……それは、俺が……。でも、こんなつもりじゃなかったんだ……」
もうごちゃごちゃ言ってないで、はっきりしろ!と言うと、観念したように話し始めた。
「康とは、昔会ったことがあるんだ。康がまだすっごく小さい赤ちゃんだった頃。俺は7歳くらいだったかな。でも俺はひと目で"運命の番"だって分かった」
……俺が赤ん坊の頃から……? なんだかゾクリとするんだけど。
「でも俺たち幼すぎて、離れ離れになっちゃうだろうと思った。それでどうにかしようと思って、子どもながらにお前に暗示をかけたんだ」
「暗示……?」
「ある程度、大人になるとΩが発現するだろう。そして知らない誰かに番われたりしたら死ぬほど嫌だから、俺に出会うまではΩの第二性別が、出てこないようにって」
「そんなん出来るのか?」
「分からないけど、そんときは必死だったよ。できるかできないかじゃなくて、成功しないと困るから。ただなんとなく本能でやってみただけ。実際、こんなに上手く行くとは思わなかったし。俺のことも運命って分かんなくなるとはな……」はははと乾いた声で笑っていた。
いやいや俺、生まれた時からこいつにロックオンされてたってこと? いくら神様が丹精込めて創り上げたキレイな顔してるのに、言っていることは、この上なくヤバイ。こ…怖っ……
「ちなみに俺たちはどこで会ったんだ?」
「……康の親からは、何も聞いたことがない?」
「ないけど」
「それならば、俺から言えない」
なんだよ、それ!っと言って、むくれると、後ろから優しく腕を回されて抱きしめられた。そして首筋をクンクン嗅いでくる。犬かよ!!って引っ剥がそうと思っても、やっぱりというか当然というかめちゃくちゃ力が強い。
「康は、やっぱり甘くていい匂いがする……」
「やっ……やめろ!」
そうは言うものの、俺にもジョシュアの香りはしてきて……。香水とは違う……森の匂いのような爽やかな香りだ。くそう、イイ男でさらにいい匂いまでさせやがって……。
俺だって、身長は175センチあってそこそこ大きいはずなのに、何というか包み込まれるというか、すっぽりというか……。安心感があるのはなぜだ。
「そう言えば小川さんに言って、顔を見せるなって言ったはずなのに、なんで来たんだ」
「そんなの今日は、俺の仕事が休みだからに決まってるだろ」
「……。俺が中庭にいるってよくわかったな……」
「番の匂いは、すぐ分かるさ」
「……お前と番った覚えはないけど」
あはは……なんて俺の肩ごしに空気を震わせているジョシュアの気配に俺の頬が自然と緩んでいたのは秘密だ。
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