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第10話 訪問

 あんな騒ぎがあった後、あいつが来れない日には病室に花が届くようになった。毎日毎日。バラの次は、ピンクのガーベラがたくさん入った豪華なもの。ナースステーションに来た、やたらキレイな顔した男性が渡してくれと置いていったそうで。看護師さんが「ウフフ、ナースステーションでも、とってもカッコいい人が来たって話題になりましたよ」なんて言いながら、持ってきてくれた。  その花束にはカードが添えられていて、一言「毎日、康のことを考えてる」と書かれていた。おぅえ〜あっま!胸焼けレベルだ。その次の日には「仕事ばかりで気が狂いそう。早く会いたい」だそうで。  正直、生まれてこの方、17になるまで、あんまり恋愛に積極的ではなかった俺。ジョシュアの暗示?呪い?のせいとまでは言わないけれど、いわゆる恋愛ドラマでいうところの「好き」だの「嫌い」だの、嫉妬だのとは縁遠かった。いいなと思うやつができても、友達で充分だったし、二人で出かけたいとか、キスしたいなんて感情が生まれたことはなかった。  学校でも友達から、彼氏や彼女、番の話は聞いていたし、当人たちが幸せならいいじゃん、良かったねって感じだ。別のやつが「羨ましいぃぃ〜〜〜」って地の底を這うような声で地団駄を踏んでいても、笑っていただけだった。  どうせ俺はβだろうし、番を持たなくてもいいからずっと一人というのもアリかもなと思っていたくらい。  だからそんな俺に独占欲むき出しなジョシュアのことが少し不思議でもあった。だって俺の容姿って十人並みだぜ。自分で言っていて悲しくなるけど、一重まぶたの目は小さいし、笑うと目がなくなって線になっちまうし。鼻だって高くもない。唯一、他人から褒められることがあったのは、「肌が白いですね」くらいだ。と言っても、逆にそこしか褒めるところなかったんですねって位のもので。  あいつの光り輝くような容姿に比べたら、モブ中のモブだ。それだけあいつの言う"運命の番"の力は強いんだろうか。  そんなことを考えていたら、コンコンコンとノックの音がして、真鍋先生が入ってきた。 「先生、この前はすみませんでした」 「いや、大丈夫だよ。幸いにも大きく体調を崩した人はいなかったからね」  とは言え、と前置きして先生は 「島本さん、あの人はαだよね?あの威圧の強さからしてかなりαとしての階級が高そうだけれど……」 「…階級………。すみません、俺まだ良くわからないんですけど」 「あっ、そうだったね。ごめんごめん。あの人は、島本さんの知り合いなんだよね?島本さんをほかのαから遠ざけようとして、あの威圧を使ったんだと思う。だからαとか、敏感なβがあてられちゃったんだよね。正直、医者としても、あのレベルのαはなかなか出会ったことなかったから驚いたよ」  そんなもんなのか。俺には良くわからないけれど。「ねぇ先生。運命の番と普通の恋愛って違うの?運命の番だから、番わないといけないのかなぁ」  先生は、俺の言葉にフムとうなずくと、よっこらしょと言って近くに置いてあった丸椅子をベッド横に引き寄せて座った。先生曰く、恋愛と運命の番、基本的には変わらないそう。いわゆる一目惚れっていうものもあるし。ただ、運命の番だと頭よりも身体が先に反応してしまう感じがあるかもしれないって。確かに。身に覚えがある。前にジョシュアに発情させられた時の事を思い出し、恥ずかしくなる。 「でも一番、大事なことは自分の気持ちなんじゃないかなと思うよ。αにとっても、Ωにとっても、番って一生自分と一緒にいる人だからね。義務で番ったら、発情期は別にしても、頭と心がバラバラになって辛くなる気がするなぁ」  なるほどなぁ~Ωだとしても3ヶ月に一度の発情期以外にも普通の生活があるんだもんな。正直、今はジョシュアと番になりたいとまでは思えない。もちろんあんなにキレイな奴に運命の番だなんて迫られて嬉しくないわけではない。嬉しいけれど、だからはい、番いましょうにはならんのだな。どうしたらジョシュアに分かってもらえるだろうか。  ガラガラガラ──。ノックもなしに扉が開かれ、廊下に立っていたのは、今まさに思い浮かべていた……ジョシュアだった。  俺と真鍋先生が二人で話しているもんだから、またサングラスの奥の目が、ぐわっと見開いて、嫌な威圧感を滲ませてくる。 「ストップ! それ以上はやっちゃダメだ。俺の主治医の先生なんだから!」  あいつが自分のパワーをいかんなく発揮する前に、声を張り上げた。  するとスルル〜というような効果音が付きそうなほど、威圧感が消えていった。 「ほら、ジョシュア。この前のこと、先生にすみませんって謝って」  ジトッとした視線をこちらに向けるけれど、俺は当然だろというように頷いてみせた。すると観念したのか 「……この前はすみませんでした。康と仲良く話してるのを見て、ムカっと来ちゃって」と謝罪なのかなんなのか分からないことをモニャモニャと言った。  先生は、人の良さそうな微笑みを浮かべて「ちゃんと謝ってくれてありがとう。じゃあ君たち二人でちゃんと話すんだよ」と言って、病室から出ていった。  先生が出ていった途端、ジョシュアは待ってましたとばかりにベッドに座っている俺を後ろからぎゅうぎゅうと抱きしめてきた。く、苦しい……。  ギブギブっとあいつの腕を叩くと、ようやく力が緩められた。「だって3日も会えなかったんだ、しょうがないじゃん」と言って、グリグリとウェーブのかかった髪を俺の首筋に押しつけてきた。  くすぐったい。いや、これは本当にデカい犬だ。小さい頃から大型犬飼いたかったんだよなぁ〜でも母さんたちが忙しいから面倒見られないってずっと断られてきたんだった。 「……うわっ」  意識を飛ばしていたら、急に生温かい感触が首筋に走って変な声が出てしまう。カラーを巻いた首筋に沿って、チロチロと舌が這ってゾワゾワっとする。うなじなんて舐められたことないから、抵抗してみるも、ガッチリとホールドされていてかなわない。  しかもお腹あたりにあったはずのジョシュアの手がいつの間にかパジャマの隙間から入り込んで、素肌に触れてくる。「……あっ……いやだ…」お腹の周りをゆっくりと触っていた手が、そろそろと上がっていき、俺の突起を見つけてしまった。周りを軽く触れられるだけで身体がビクッと反応してしまう。それに気分を良くしたのか、右の乳首をギュッと摘まれた。 「はぁっ…も…やだ……」目をギュッとつむると 「康は本当に敏感だね」と優しい声色が後ろから聞こえてくる。  イヤだイヤだと言うように頭を振ったが、ジョシュアはお構いなしだ。器用に左の乳首は触れるか触れないか位のソフトタッチで焦らしてくる。そして何を思ったのか、女の子のおっぱいを揉むように優しく両方の胸を揉みだした。 「……いゃ…おんなの子じゃなぃ……。やだ……おかしくなる……」 「いっぱいおかしくなって。感じてる康を見られて嬉しい」  低いテノールの声が鼓膜を揺らす。無理矢理、発情させられているわけではないのに、俺自身もすでに固さを増してきた。無意識のうちに両足をこすり合わせてしまう。 「ほんとかわいい」  そんなこと言われてもちっとも嬉しくないからな!と、恨みがましく振り返るが、サングラスごしに艶やかさを増した瞳が嬉しそうにキラリと光るだけ。そして、俺の唇に柔らかいものが押し当てられたのだった。  本当に経験がないというのは、悲しいものだ。何が起こったのか脳が理解できるまで数十秒はかかっただろう。俺がフリーズしている間に、俺の顎は固定され、柔らかなジョシュアの唇が、角度を変えて何度もついばんでくるのに、為す術もなくただされるがままだったのだから。

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