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第14話 発情

 撮影が終わり、小川さんの運転する車に乗せてもらい、ジョシュアと一緒に帰宅している。あんな騒ぎがあったため、帰るのが遅くなってしまった。  あれからジョシュアは俺の近くから離れようとしない。ずっと手を繋いでいるか、後ろから抱き締められているか、とにかくどこにも行かせないと言うように。トイレにも一緒に行くと言ってきかないから、止めてくれって叫んでしまった。今も車の後部座席で並んで座っているが、手はしっかり握られたままだ。 「小川さん、黒幕がだいたい分かったって言ってましたけど、誰なんですか?」 「──今すぐにはお答え出来ませんが、そのうち明らかになるかと思いますよ」 「なんで俺みたいなのが狙われたのか、さっぱり分かんないんですけど」 「康を傷つけることで、俺にダメージを与えようとしたのかもな」  ジョシュアは、俺を掴んでいる手にさらに力を込めた。 「ちょ、痛いってば」 「なぁ、康、一緒に住まないか? 俺の家の方がセキュリティも安心だし、親御さんにも挨拶に行くし」 「はぁ? 意味がわかんないって。だいたい何て言って挨拶すんだよ」 「それはもちろん、"うん……」 「ちょ、ちょ、待った! やっぱそれか。うん、ダメだ。俺はまだ納得してないって言っただろ」  えーーっと盛大に不満の声をあげるが、知らん。ついていないはずのもふもふの耳が、しゅんとなっているような気もするが、ここは折れてはいけない所だ。 アホな俺たちのやりとりに小川さんが驚いている様子で本当に申し訳ない。 「しかし、今回のことでアダムと島本さんのことは話題になると思います。人の噂は早いですからね、特にこの業界では」 「じゃあ、俺はしばらく撮影を見学したりするのは止めておきます。これ以上、変な噂になる前に」  また隣からえーーって不満の声が聞こえたが、華麗にスルーした。  そしていつもの平凡な毎日が戻ってくると思ったのは、残念ながら俺の間違いだったようだ。 ──────  カツカツカツと空港の到着ゲートに向かって、ピンヒールが小気味よい音を立てる。周囲の乗客は、チラリと彼女の顔を見ると、呆けたように見続けるか、なにか恐ろしいものでも見たかのように目をそらすのだった。  何人もの黒服の護衛を引き連れたブロンドヘアの女は、誰に言うでもなく、つぶやいた。  「待ってなさい、ジョシュア」  ──────  残暑厳しい夏の日の夜、まだ地表に溜まった熱はアスファルトから離れることができず、歩くだけでも行き交う人々の額にじわりと汗を滲ませていた。  俺はおばさんのとこの惣菜屋で弁当屋のバイトを終えて、ジョシュアの家に向かっているところだ。手にはジョシュアへのいつものお礼と称して、おばさんから大量のお惣菜が入ったビニール袋を手渡されて。  あの事件の後、ジョシュアの俺に対する過保護ぶりが、本当に酷くなった。あれだけ大丈夫だと俺が言い張ったのに、また同じような事が自分の知らない所で起きて、康が傷つけられでもしたら、俺はヤバい犯罪を犯してしまう、と断言されたのだ。冗談かと思ったが、あいつの目はそうは語っていなかった。  その目にビビり、じゃあどうすれば安心するんだと問えば、マーキングさせてくれと懇願された。しかも数日経つと薄れてしまうとのことで、今のところ、水曜日と金曜日にあいつのマンションに通っているというわけだ。  夏休みも終わって、新学期がスタートしたものの、俺は帰宅部だし、たまに友達と放課後遊びに行ったりもしていたし、バイトも続けていた。なぜならジョシュアの仕事が忙しくて、終わるのがだいたい日付をまたぐくらいだからだ。だから、平日は俺が寝る前にちょこっとジョシュアと話をして、抱きしめられて眠りにつくパターンだ。朝は学校に間に合うように小川さんが車で送ってくれるので、満員電車に揺られることもなく、むしろ快適なのだ。うん、甘やかされている。  金曜日で次の日に学校がない時は、もうちょっとだけスキンシップが増える。と言ってもジョシュアが次の日、朝が早かったりするので、濃厚なやつではない。不満に思っているわけじゃないんだけど、なんだかモヤモヤするのは、なぜなんだろう。  しかも今日はなんだか身体が熱い。バイトの時に、おばさんから「康ちゃん、顔赤いけど平気? 熱中症になったら大変だから、奥で麦茶でも飲んできて〜」って言われてしまった。夏風邪かなぁなんて、念のため体温計で熱も測ってみたけど、ふつうに平熱だった。  ジョシュアの家は都心にドーンと立つタワーマンション。ロビーにはコンシェルジュも常駐していて、初めて来たときは、かなり挙動不審になった。そこの上層階にジョシュアの部屋がある。なんでもワンフロアの部屋じゃなきゃイヤだとゴネて、散々探し回った物件らしい。探したのは小川さんだけど。  もう慣れたカードキーでのエレベーター操作をして、あとはゆっくりと上昇していくエレベーターに乗られて快適な部屋への旅が始まる。玄関のロックを解除して、部屋に一歩足を踏み入れると、なんだかいつもより、ジョシュアの香水のような香りを強く感じた。  頭の芯が痺れるような感じがして、俺はなぜかリビングへ行かず、寝室へと向かっていた。ドアを開けると、やはりジョシュアの香りが一段と強まった。我慢できず、ベッドに潜り込んだ。  そのまま自分の身体をまさぐり、すでに怒張の兆しがある自分のものを握った。「うぅ……くっ……」握って、ゆっくりと扱き出すと、信じられないほど気持ちがいい。「はぁっ……うぅん……あぁっ……」呆気なく手の中に、吐き出された精液を見て、手を洗いに行こうと立ち上がるが、頭がクラクラとして、壁づたいにしか歩けない。  なんとか最後の力を振り絞り、手を洗って再びベッドに舞い戻る。そして薄れゆく意識の中で、ジョシュアに「たすけて」とRAINした……ような気がする。

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