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第17話  過去

 ローズと名乗った女は、ジョシュアの叫び声なんか無視して、空いているソファーに座った。黒服の男たちは、すぐさまそのソファーの後ろに一列に並んだ。 「そんなに怒らないでよ。あなたのおじい様から頼まれてわざわざ日本まで来たんだから」 「……適当なことを言うな。俺には親はいない」 「それは違うわ。あなたは知らないだけよ」  そしてローズは話し始めた。ジョシュアも知らない家族の話を。  元々ジョシュアの母は、デリウィグというヨーロッパにある国の生まれだった。モデルをしていた時に、ジョシュアの父となる日本人と出会った。二人は恋に落ちたが、ジョシュアのお母さんの父、つまりおじいさんはそれを許さなかった。  二人は駆け落ちしたが、不幸にも父親が事故で亡くなってしまう。そして一人残された母親は、身重の身体で日本へ渡ってきた。  そして無事にジョシュアを産んだものの、産後の肥立ちが悪く、病死してしまった。そしてジョシュアは教会に預けられて成長したのだという。  おじいさんは、ずっと娘のことを案じていたが行方が掴めなかった。しかし最近、娘によく似た男が日本でモデルや俳優として活動していると知り、ジョシュアのことを調べたんだそうだ。 「……俺は信じない、そんな話」 「あら、そんなこと言わずにこれを見てみなさいよ」  そう言ってローズが後ろの黒服に合図をすると、一人がタブレットを出してきて、テーブルの上に置いた。  映し出されたのは、現在のジョシュア。そしてローズが画面をスワイプすると、かなり昔の写真だろう。ジョシュアによく似た美しい女性のスナップ写真が出てきた。さらに次はおじいさんという、ジョシュアにもその母親にもよく似ているが、かなり厳めしい顔つきの初老の男性が。 「私はね、あなたのおじい様から頼まれて来たって言ったでしょ?お母様のこと知りたくない?」  母親の画像を食い入るように見つめるジョシュア。それはそうだろう。生まれてはじめて親の顔を見たんだ。俺は、そっとジョシュアの背中をさすってやることしか出来なかった。 「もし、知りたいんなら、私と一緒にデリウィグに帰るわよ」 「はっ?!ジョシュアは日本で仕事しているんだ、そんな勝手なこと言うな」  思わず口を挟むと、ローズは冷たい視線を送るだけで、無視してきやがった。その瞳には人を見下しているような視線が含まれていて、俺は薄ら寒いものを感じた。 「まぁ、突然来たのだから混乱するのもしょうがないわね。2週間だけ待ってあげる。一緒に行く気になったら連絡して。それ以上は待てないわ。あなたが自分の家族を知る最初で最後のチャンスだと思うけど」  そう言うと、小さなバッグから1枚ヒラリとカードを抜き出し、テーブルに置いた。名刺のようだ。 「じゃあお邪魔したわ」  そう言うと、またハイヒールでフローリングの床をまるでランウェイのように闊歩して出て行った。もちろん黒服の男たちも一緒に。  バタンと玄関のドアが閉まる音がしたけれど、ジョシュアは動こうとはしなかった。  その後すぐに本当のデリバリーが来たけれど、ジョシュアはほとんど手を付けなかった。俺は物思いにふけるジョシュアの横顔を見ていると、自分の無力さが悲しくなってくる。  ジョシュアがどんな両親から生まれたのか知るために、何か俺ができることはないのだろうか……。日本で何か手がかりが掴めればいいんだけど。最後のお母さんと接点が、、、あっ、教会だ! 「ねぇ、ジョシュア。育ててもらった教会に行ってみない?もしかしてお母さんのこと誰か覚えているかもしれないし」  ジョシュアの瞳が大きく見開かれる。「……そ、そうだな。教会か……うん。よし、行こう。でも、その前に康のご両親に挨拶に行きたいんだが」  なんで俺の両親?とも思ったが、別に俺は構わない。「いいよ、じゃあ帰ったら予定を聞いてみる」俺がそう言うと、ジョシュアはにっこりと微笑んだ。ん、やっぱり可愛いな。  そう言えば今回のヒートを迎えた後、ジョシュアの瞳を見ても平気になった。よく分からないけど、毎回毎回ゴツいサングラスしてもらったり、強制的なヒートに怯えたりしなくていいのは助かる。  ジョシュアは嬉しそうに俺に抱きついてくるので、「大丈夫だよ、俺が一緒にいるからな」と言って俺より年上のジョシュアの頭をよしよしと撫でた。 ────  その数日後、 本当に我が家にジョシュアがやって来た。やたら畏まったダークグレーのスーツなんて着て、いつもカッコいいけど、今日はまじでヤバい。色気がだだ漏れしている……。  玄関で出迎えた俺がぽーっと見惚れていたら、後ろから母さんがパタパタと小走りでかけてきて「まぁまぁ、初めまして!いらっしゃい、よく来てくれたわ」 と言って挨拶をし始めたので、急いでリビングに案内する。  いつも家にいない父さんも、ちゃんと今日はジョシュアを待っててくれた。リビングで本を読みながら、ちょっとソワソワしてたけど。  ちゃんと手土産も母さんに渡していたし、意外とマナーを知っているんだな。俺と最初に会った時は本当にやべぇ奴だとしか思わなかったけど、うん。意外。  ソファーに座ってしばらくすると、母さんが飲み物を運んできた。そして4人で和やかに話をしていると、ジョシュアが、おもむろにコホンと咳払いをするもんだから、一瞬で俺たち家族に緊張が走る。 「あの、今日は康さんとの交際について、きちんとお話したくて参りました。前回のヒートの際には、事後報告となってしまい、申し訳ありませんでした」  そう言うと、ソファーに座ったまま深々と頭を下げるもんだから、俺たちみんなで「いいからっ!そんなのいいから!」と必死で止めた。  よく分からないけど、それを見たジョシュアはプッと笑い出し、なぜか可笑しくなった俺たちもみんなで笑い出した。 「康は、素敵なご両親に育てられたんだな」とポツリと言うので、そうだよと言うように頷いた。 「私は、今はモデルや俳優として仕事をさせていただいておりますが、康さんとのことは真剣に考えております。私の"運命の番"なので」  そう言って、俺のことをじっと見つめる。俺はなんだか恥ずかしくって、両親の方を見れなくなってしまった。 「そして、最近私の祖父の知り合いがデリウィグという国から来ました。デリウィグは母の祖国のようです。今まで知らなかった両親のことを調べてみたいと思い始めています。そこで康さんが、私が育てられた"あの"教会に行ってみてはと、提案してくれました。教会に康さんと行く前に、きちんとご挨拶がしたかったのです」  さすがに堂々とした話しぶりだ。カッコいいなぁ。しかし『あの』教会ってどういうこと……?  頭にハテナが浮かんだ俺をよそに、両親もジョシュアも話し続けている。そしてそれまで静かだった父さんが「私も妻もβなんだ。だから、君の言う"運命の番"を本当の意味で理解することは難しいのかもしれない。それでもお互いに惹かれ合っているのならきちんと祝福したいとも思っている。そして康は私たちの大事な息子だから、幸せにしてほしい。どうかよろしく頼みます」そう言って深々とジョシュアに頭を下げたから、俺はビックリしちゃったんだ。  え、待って、これプロポーズの雰囲気じゃん……?俺、嫁に行くのかな……?  少しばかり混乱した頭で、でも3人が幸せそうに笑っているなら、まぁいいかなと思ってしまった。  そして母さんの手料理をたっぷりと味わって、もう食えないってくらい食べさせられて、ジョシュアと二人で、帰り道をブラブラと歩いている。夜道だけど、ジョシュアはサングラスをかけて変装してるらしい。満腹で満腹でお腹も満たされて、隣にはめちゃくちゃカッコいいジョシュアがいて。手もしっかりと握られて、俺はその繋いだ手をわけもなくぶんぶんと大きく振り回した。  ジョシュアが俺を見て「ふふ、ご機嫌だな」と微笑むから、「そうだな、俺たちのことが両親にちゃんと認めてもらって嬉しかった。ジョシュアのスーツカッコよかった。腹いっぱいで、なんだか胸もいっぱいだ」  ジョシュアが手を繋いでいない方の手で、俺の頬を優しく撫でる。「……泣かないで」そう言って、俺の目尻に優しくキスを落とした。  俺はこの日、幸せすぎても泣けるんだってことを知った。「……ジョシュア、早く家に帰りたい。早くふたりきりになりたいんだけど……」  俺の切羽詰まったお願いに、一瞬、ジョシュアは息を止めたが、すぐにギューっと力強く抱き締められた。そして荒ぶる気持ちをタクシーに押し込めて、帰路を急いだ。

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