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第21話 地下
怖くない、怖くないとブツブツつぶやきながら自分に言い聞かせるが、ジョシュアの腕にしがみつくことはやめられない。ジョシュアは、気にせず、ランタンで照らしながら、本棚に並んでいる本や段ボールを確認していく。やはり手前は最近のものだと思われる比較的新しい本が多い。
奥まで進んでいくと、だいぶ人の手が離れて久しいのだろう。埃をかぶった本も多い。しばらく書架を見回していたジョシュアが立ち止まり、
「康、ね、これ見て」
そう言ってランタンで照らされた先には、『XX年~YY年 園児資料』と側面に書かれた段ボールがずらりと並んであった。
「これのどこかに、ありそうな気がする」
俺も一瞬、怖さを忘れて、ごくりとつばを飲み込んだ。
ジョシュアが預けられた年を含めた段ボールはいくつか見つかったので、順番に床におろして、中を確認していく。中には子どもが園にやってきた事情を書き記したものだとか、両親と思われる古い写真とか、はたまたその時に着ていた洋服や手にしていたおもちゃなんかがたくさん入っていた。そしていくつかには手紙も添えられていた。
ジョシュアの親のかもしれないので、全部読ませてもらった。そこにはどうしても経済的に余裕がなくてご飯も満足に食べさせてあげられない。ここで育ったほうがきっと幸せになれると思います。余裕ができたら、すぐに迎えに来るので、それまでどうかこの子をよろしくお願いします……といった文章が切々と綴られているものもあり、俺も思わず涙がこぼれた。
「なんで泣いてるんだよ」
ジョシュアが少し困ったような声で、俺の頭を撫でてくる。
「わっかんねぇ。…うっうっ。でも、親も喜んで預けるばっかりじゃねぇってことなんだなって…」
「わざと良い親ぶってるだけかもしれないよ?」
「ジョシュア…お前、性格悪いな…?」
「そんなことない。……ただ人間は、表面的に見せる表情や言葉だけでは分からないよ……」
ジョシュアが何を思ってそんなことを言ったのか、俺には分からなかったけれど、なんとなく手がジョシュアの頭に向かっていき、気がつくと撫でていた。
ジョシュアはランタンを床に置くと、しゃがみ込んでいる俺を横から抱き締めてきた。
「ちょ、あぶねーって」
「ふふふ。なんで康って俺がほしいものがわかるんだろうね、ありがと」
そう言うとグリグリと顔を俺の首筋に押し付けてきた。
「あぁ、やっぱり康っていい匂いする。なんでこんなに美味しそうなんだろ」
「やめーろー。ここどこだと思ってんだよっ。さっさと探して早く出ようぜ」
もう何箱の段ボールを開けただろうか。もう長い間、この地下には、たくさんの親の思いが、持ち主にも子どもにも返されることはなく、結構な重みになってこの場所に眠ったように存在していることを知った。持ち主の家族は、どうしているのだろうか……。
「あ」
書類と書類の間に挟まった少し黄ばんだ手紙が出てきた。宛名は書いていない。ゆっくりと中を出すと薄い手紙にびっしりと文字が書かれていた。所々、涙で滲んだような場所があり、書いた本人が、不本意ながらここに子どもを預けたのではないかと思った。しかし書かれている言葉は、恐らく英語……。しかも筆記体で流れるように書いてあるので、残念ながら俺には何て書いてあるのか読めなかった。
「ジョシュア、これ…」
見つけた手紙を渡すと、ジョシュアが無言で文章を目で追っていく。
「ねえ、読めるのか?英語だろ、これ」
「…ん、読めるよ。康の育ての親が日本で康を育てるとは限らないからな。英語ができたほうがいいだろうと勉強したんだ。ほかにも中国語と韓国語も少し」
いやいやいや、なんで俺を基準に考えるんだよっ!ってツッコミたかったけれど、ジョシュアのさも当然だけど何かって言い方に、俺も脱力してしまったし、それより手紙の内容のほうが気になるだろ。
「なぁ、なんて書いてあるんだ」
「……これは俺の母親が書いたものだと思う。日付もシスターの話と合致するし。そしてデリウィグ出身だとも書いてある。俺と同じ時期にここにいた子どもで東洋人ではない外見をしていたのは俺だけだったから恐らく間違いはないだろう」
「…そうか、じゃああのローズって人が言っていたことは本当なのかもしれないな。どうするんだ?本当にデリウィグに行くのか」
「…そうだな。俺はそうしたいと思ってる」
それはそうだろう。自分のルーツがわかるかもしれないと思ったら、俺でも行くだろうし。ただ、どのくらいの期間あっちに行くのだろうか。急において行かれるような気持ちになってしまった。いやいや、俺は別に……。なんとなくこのところ、ずっと一緒にいる時間が長かったから、いなくなるのが寂しいなぁって思っただけで……。――寂しいのか、俺?
それから開けた段ボール箱をもとの場所に戻して、俺たちは地上に戻った。シスターにも手紙を見せると喜んでくれ、持ち帰ってもよいと言ってくれた。俺たちはシスターにお礼を言い、また来ることを約束して、園舎を後にした。
帰りのバスに揺られ、夕日を浴びたサングラスをかけたきれいな横顔を見ていたら、思わず
「なぁ、どのくらいデリウィグに行くんだ?しばらく帰ってこないのか?」と尋ねていた。
ジョシュアは、びっくりしたように目を見開いたから
「いやっ、寂しいとかじゃないから。ただ気になっただけだかんな」と慌てて付け加えると
「そうだな、ある程度あちらで過ごしたいとは思うけれど仕事もあるし、康も学校もあるしな」
「…な、なんで俺の学校が出てくるんだよ」
「あっちに行くとしても、康を日本に一人で残すのは嫌だからだ。行くなら一緒に連れていく。だめか?」
ぶわっと自分の頬が赤くなるのを感じた。な、なんで勝手に決めてるんだよ。でも、ちょっとだけ俺のことも考えていてくれたことを嬉しく思ってしまう自分もいた。
「……俺も英語、もう少し勉強してみるかな…」
そう返してやったら、ジョシュアは顔をくしゃっとさせて笑った。
あのローズって人が言っていた2週間の期限の最終日は、明日に迫っていた。
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