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第22話 忠告

 ここは都心の高級ホテルのラウンジ。窓から見えるきれいに整えられた日本庭園が美しい。午後の柔らかい日差しが、室内に降り注いでいる。友達や家族と楽しく囁やき合いながら、優雅なティータイムを楽しむ人々のさざめきが、俺たちのいる個室にも漏れ聞こえてくる。  ただ、俺たちを包む雰囲気は北極並みに凍えていたけれど。 「つまりジョシュアは、そのΩも連れてデリウィグに行くってこと?」  冷え冷えとした空気は、主にこのローズから放たれていた。ローズは今日も今日とて身体の線がはっきりと出るようなブルーのワンピースを着て、ソファーに座ってこちらを見ている。そして吐き出す冷たい言葉。氷の女王か。  「そのΩ」って、ローズって人、まじで俺の存在を消してしゃべんの止めてもらえないかな。イライラするわ。どうやらαっぽいから、Ωを見下してるのかもしれない。あんまりΩだからって、今までどーこー言われなかったけど、こんな反応する人もいるんだな。  テーブルをはさんでローズの反対側に座っているのはジョシュア、俺、そしてマネージャーの小川さん。  小川さんは、ジョシュアから話を聞いてマネージャーとして自分も出席すると言って聞かなかった。まぁ、仕事の調整もあるだろうし、これからどんな仕事が決まっているかは小川さんの方がよく分かっているだろうしな。 「そうだ。俺の番だから、康も一緒に行く」  いやいや、番になってないから。という言葉はより一層冷たくなったこの部屋の中で発することが躊躇われ、飲み込んだ。 「……へぇ、まだ番になってはいないようだけれど?」  う。するどい。 「今は康の気持ちが整うのを待っているんだ」  そう言って、俺の肩を抱いてジョシュアの方に引き寄せられた。  しばらく、ジョシュアとローズが無言で見つめ合って……というより、睨み合っていたが、どうやらジョシュアに軍配が上がったようだ。苦しげにローズが目を逸らした。なんだか悔しそうに見える。 「まぁいいわ。デリウィグでそのΩは歓迎されるでしょうね、お祖父様にとっては、かわいい孫の番候補なんだから」  ん、なんだか焦げくさいような不快な匂いが漂って来たけど、何だろこれは。キョロキョロと、周りを見回したけれど、特に何も変わりはない。火事でもなさそうだし。ジョシュアや小川さんを見ても、何も感じていないみたいだ。  挙動不審な動きをしていたからか、ローズの後ろに控えている黒服の方々には、めちゃくちゃ睨まれた。  ジョシュアの仕事の調整が必要なので、今すぐに出国するわけにはいかない。俺も学校があるし……。12月のクリスマス前にデリウィグに行くことを伝える。  最後まで不機嫌さを隠そうともしないローズが、「ではまた、デリウィグで会いましょう」と言い捨てるように部屋を出ていくと、ようやく部屋の圧が戻った。はぁぁぁ〜〜~~と深いため息をつくと、ジョシュアが俺を自分の脚の間に座らせて、後ろから抱き締めてきた。 「おい、どーしたんだよ」 「いや。康にほかのαの匂いがついたのが嫌なんだ。だからマーキングし直す」  はぁ。αの考えることはよくわからん。匂いって……。 「あ、さっきローズが話してるとき、ちょっと焦げくさい匂いしなかった?」  気になった匂いのことを聞いてみたが、ジョシュアも小川さんも特に感じなかったらしい。あれ?何だったんだろ。  それまで黙って俺たちの話を聞いていた小川さんが口を開いた。 「なぁ、ジョシュア、本当にデリウィグに行くのか。島本さんを連れて?」 「当たり前だ。康を一人で置いていくなんて無理だ。ほかのαに攫われてしまうかもしれないだろ」  そんな訳ない。俺も小川さんもそう思って目を合わせたけど、ジョシュアは全く気にする様子はない。  小川さんは「しかし、デリウィグという国とは……。島本さんにとっては、あちらで過ごすのは大変かもしれないですよ」と、俺の顔を見て心配そうに言う。 「え……どういうことですか」 「デリウィグという国は、ITなどの最先端技術を積極的に取り入れ、近年、ものすごいペースで発展を遂げています。ただ、伝統的にαを重んじるというか……その分、Ωに対する扱いがあまり良くないという噂があります」 「……そ、そうなんですね」  ほかにも色々と教えてくれそうだった小川さんだが、ジョシュアがそれを遮った。 「康、そろそろ行こう。小川、あとはよろしく」 「え……どこに行くんだ」 「上に部屋を取ってるんだ」 「は?」 「だからマーキングし直すって言っただろ」  そう言ってジョシュアは、俺を引っ張って部屋に連れて行った。当然、抱き締めて眠る…なんてかわいいやつではなく、しっかり俺のナカにぶちまけてくれたけど……。本当にジョシュアの独占欲ってどうなってるんだ……。俺は使い物にならなくなった腰を擦りながら、そんなことを思った。  そして俺は、この時の小川さんの忠告をあんまり重く受け止めていなかったんだけれど、それもまた間違いだったと後で後悔するのだった。

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