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第2章 第1話 対面

 そしてクリスマスも近い12月下旬、俺たちはようやくデリウィグに向かって空港から飛び立った。有名人のジョシュアと一緒ということもあり、小川さんは当然のようにファーストクラスの席を予約してくれた。初めての飛行機にドキドキしていたけれど、さすがというか、なんというか、ファーストクラスでは料理も飲み物もサービスもとっても快適で、長時間のフライトも全く苦じゃなかった。  一方のジョシュアはというと、スパルタ敏腕マネージャーの小川さんが、前日までギッチギチにスケジュールを入れていたものだから、今日は席に着くやいなやスヤスヤと眠ってしまっていた。  デリウィグへの直行便はなかったので、オランダで乗り換えて、ほぼ丸一日がかりで、デリウィグの空港へ到着した時にはすでにとっぷりと日が暮れていた。空気は東京よりもピンと張りつめたような冷たさで、思わず身震いをする。空港を出てすぐのところに迎えの大きなバンが待機していて、相変わらず不機嫌そうなローズが助手席に座って「早く乗りなさいよ」と言ってきた。  「よろしくお願いします!」とあいさつして、車に乗り込む。ローズがギョッとしていたような気がするけれど、関係ない。そのまま1時間ほど郊外に車を走らせていく。石造りの街並みは、本当に中世のヨーロッパのよう。現代までに残っているのが不思議なほどだ。  そして街全体がまもなくやってくるクリスマスの赤や緑色に装飾されていて、ライトがキラキラと光っている。車の窓から見ているだけでもワクワクする。車がスピードを落としたので、目的地が近いのかと思って周りを確認すると中世のお城のような建物が目に入ってきた。石が積み上げられた堅牢な外壁で、門もテレビでしか見たことがないような大きなものだった。車が近づくと、静かにゲートが開き、車が門をくぐるとまた静かに閉まっていった。どんな仕組みになっているのだろうか…。  そして門をくぐってから、また木立をしばらく走るとようやく大きなお城の入口が見えてきた。やっと車が停車し、俺たちも車からおりた。  すぐに白髪でひげをたくわえたダンディーな男性が俺たちに近づいてきて「ジョシュア様、島本様、ようこそいらっしゃいました」と恭しく一礼した。「わたくしは執事のサイモンと申します。何なりとお申し付けくださいませ」と流ちょうな日本語で話しかけてきた。 「日本語、お上手ですね」と俺が驚いて尋ねると、「はは、ありがとうございます。ジョシュア様が日本で育っていることがわかってから、日本語を勉強するようにと旦那様から言われまして。最近入ったばかりの使用人を除いて、少しですが日本語を話すことができますよ」 「わぁ、ありがたいです。俺、英語があんまり出来ないからどうしようかなと思っていたので」と言うと、サイモンさんは優しく微笑んだ。  そしてサイモンさんの案内で、豪華な客室に通された。ヨーロッパの貴族がどこかから出てくるんじゃないかというくらい広くて、家具も歴史を感じる。そわそわしながらソファーに腰掛けた。メイドの人が淹れてくれた温かい紅茶が、冷えた身体に心地よく、じんわりとしみ込んでいく。  ジョシュアはまだ半分寝ているみたいで、紅茶に口をつけはしたものの、また目を閉じて夢の世界と行ったり来たりしている。  しばらく時間がたったころ「大変お待たせいたしました。旦那様がお待ちになっております」とサイモンさんが迎えに来た。  ジョシュアの血の繫がったおじいさん……。ずっと探していたらしいから、きっと感動的な再会になるのかななんてこちらもドキドキしてくる。 ──── 「ジョシュア、早くこちらに帰ってこい。ローズと結婚したら、私の資産はすべてお前のものだぞ」  は?俺は耳を疑った。長年、探していた孫息子への第一声がこれか……?横に立っているジョシュアの顔を盗み見たけれど、その端正な横顔からはどんな表情も読み取れなかった。  ジョシュアの祖父というこの人は、グレゴール・ゴルドーと名乗った。執務室にどんと座っているのは、以前、タブレットで見せてもらった時より数段、厳めしい表情で、えも言われぬ威圧感がにじみ出ていた。威圧感と鷹のような目の鋭さに普通のαであったならば、泣きながら逃げ出すレベルなんじゃないだろうか。もとを辿れば貴族の出自で、こちらの国で現在は不動産業やホテル業などを幅広く展開している複合企業の総裁をしているのだそうだ。 「それから英語とデリウィグ語は、できるだけ早く勉強しなさい。お前が英語が話せないというので、私が日本語を勉強してやっているが、お前ならばすぐに身につくだろう。それから親戚にも早くお前をお披露目して、婚約パーティーもやらないとな」 「私には運命の番の康がいます。ローズとは結婚できません」  それまで黙って聞いていたジョシュアが口を開いた。おじいさんの威圧にも怯えておらず、堂々としていてカッコいいじゃないか。 「運命の番というものは迷信だ。優秀なαは同じく優秀なαと結ばれるべきなのだ。もちろんΩが必要ということであれば、10人でも20人でも、傍に置くことはもちろんできるさ」  ジョシュアがまた口を開こうとしたが、すごい圧でおじいさんに遮られる。まるで自分の言うことは、当然すべて正しいと言わんばかりの様子だ。  ローズも離れた入口に立っているが、一言も発しない。むしろおじいさんの威圧で青ざめているようだ。 「さぁ、少しばかりだがホールに親戚も集まっている。紹介するから来なさい。ローズも」  そう言うとジョシュアは、執事のサイモンさんやおじいさん、ローズに連れ去られるように部屋を出ていってしまった。  あまりのことに呆然として、1人残されたまま突っ立っていると、先ほどお茶を入れてくれたメイドさんがやってきて「お部屋にご案内しますね」という。一言も発することができなかった俺は「は、はい…」とフラフラとついて行くことしかできなかった。

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