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第2話 リサ

 そうしてメイドさんについて行くと、先ほどよりはじっくりと周囲を見回す余裕も生まれて、まさに豪華絢爛なお屋敷だなぁと思わずため息がこぼれた。規則正しく並んだ窓が廊下の端から端まで続き、壁には絵画や彫刻が飾られていて、由緒正しい家柄であることを存分に主張していた。 「まるでヴェルサイユ宮殿みたいだな…」  キョロキョロしながら、誰ともなくつぶやくと前を歩いていたメイドさんが振り返って、少し微笑んだ。 「あ…、変なこと言いました、俺?」と言うと、 「あ、いや、違うです。私もそう思ったことあります」と少し辿々しい日本語で言ってくれたのだ。 「あ、俺の名前は島本康です。あなたは?」 「あ、失礼しました。リサです」  リサと名乗ったメイドさんは、栗色の髪を一つにまとめ、白いキャップをかぶっている。服装は白いブラウスに黒い長いスカートをはいて、白くてひらひらしたエプロンをつけている。ほかに見かけたメイドの人たちも同じ格好をしていたからこれが制服なのだろうな。よくわからないけど俺と同い年くらいに見える。  リサさんと話をしながら、連れていかれた場所はお屋敷の北のはずれの一角だった。部屋に入ると、シンプルなシングルベッド、机が一つに窓が一つついている。1階なので、見晴らしはあまりよくないが、きれいに整備された庭があるようだった。 「ここは本当は使用人のところだけど」 リサはすまなそうに言うが、俺の荷物もすでに部屋に運び込まれているし、この部屋を使えってことなんだろうな。ジョシュアとは別の部屋か……。自分の立場というものが、より一層明らかにされたようで、なんとも言えない気持ちになり、ため息をつきつつ、ベッドに腰かけた。 「そう言えばリサさんは日本語上手だね。いつから勉強しているの」 「ありがと。小さい時、日本のアニメ好きだったから嬉しい。親はお前はΩなんだから勉強しても無駄だって言ってたけど…」 「どうしてΩは勉強しても無駄なの?」  リサさんは顔を曇らせて、「この国では『Ωはαを誘惑する穢れた人たち』と言うよ。だからΩは、あまりαの前に出てきちゃいけないんだって。大学へ行くΩは少ないし」と打ち明ける。 「え…リサさんはそれでいいの?日本なら、Ωをそこまで酷く言わないよ。勉強するななんて言わないし」  何も答えず、ただ悲しそうなリサさんの顔を見ていると、なんだかこちらも胸が苦しくなる。 「リサでいいのです。日本はいい所なんですね、行きたいです」    二人の間に沈黙が落ちてくると、リサが思い出したように 「あ、お茶は飲みますか?紅茶、コーヒー、緑茶もあるです。キッチンからとってきます」 「あ、ありがと。本当だ、ジョシュアのおじいさんと会って喉がカラカラになってた。じゃあ俺もキッチンに行くよ」  ジャケットだけ脱いで、白いシャツと黒いスラックス姿になった。リサが「なんだかうちの制服みたい」と言うから、「ははは、本当だな」と言って笑ってしまう。  これでも父さんと母さんが、ジョシュアのおじいさんに会いに行くのに失礼がないように、準備してくれたものだったんだけどな……。これだけおじいさんに相手にされないとは……。ため息を飲み込んで、リサと台所に行く。  北側一階は主に使用人たちが使うのだろう、装飾もシンプルでむしろ、こっちのほうが落ち着く。 「ねぇ、Ωはこの屋敷にたくさんいるの?」 「はい。働いてる人、βもΩもいますです。サイモンさんはβですけど。Ωはヒートがあるから……たくさんいた方がいいんだって」    何なんだ!Ωに対する動物みたいな扱いは!ちくしょう、段々ムカついてきた。もっと俺が言葉ができたら、もっとこの国のこと知っていたら、もっとうまくやれたかもしれないのに……。ジョシュアのことだって、少しは助けられたかもしれないのに……。  一階にあるキッチンは、夕食準備の真っ最中で大忙しだった。たくさんのコックが、忙しそうに働いている。バターやニンニクのいい香りが漂ってくるので、なんだかお腹が空いてきたかも。  リサが何やら大声で叫ぶと、しばらくしてお湯が入ったティーポットが出てきた。リサがティーカップを用意していると、厨房からまた声がかかって、リサと何かを話している。お皿に盛られたクッキーやサンドイッチも出てきた。お、これはありがたい。  リサが俺をチラチラと見るから、なんだ?と思って目線を向けるとコックの人たちも、俺を見てしゃべってる。あーーもっとちゃんと勉強してくればっ……!  俺はここに来て、もう何度目かわからない後悔をするのだった。

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