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第7話 観光
昼食後、ジョシュアのいとこっていうテリーに付き添って視察に行くことになった。と言ってもただの荷物持ちなんだろうし、ちゃちゃっと済ませて、早いところ帰らないとあいつが怒り狂うのは目に見えている。
……でもさ、放ったらかしにしてるあいつも悪いとは思わないか?
今日だってジョシュアがローズと一緒に打ち合わせしている姿は、誰が見てもお似合いで。α同士の神々しいオーラが出ていて、俺はなんだか落ち込んだ。入り込めないじゃないかって。
そんな感じだったから、外出をちょっとは楽しみにしてるんだ。デリウィグに来てから、屋敷にこもりっぱなしなんだ。少しくらい気分転換したいし、異国の空気を楽しみたい。こっちに着いた日に車からちょっと眺めた街はクリスマスの飾りがされていて綺麗だったし。
ようやく出発の時間になり、玄関でリサと一緒にテリーを待った。外に出ると、待っていたのは運転手付きのリムジンみたいな車。車に乗り込もうとするとなぜかテリーが、手を出して待っている。
?? ……お手??
いや、俺は犬じゃないんだが……。
固まっていると、リサが小声で「エスコートっ!手を出してっ」と言ってくる。
「……エスコートって、女性とかにするやつなんじゃ……?」
「知らないわよっ! 待たせてるから早く!」
リサがものすごい形相でこちらを見てるし、テリーが微笑みながらこちらを待ってるので、仕方がなく手を差し出す。そしてなんだか訳がわからないうちに、車に乗せられる。
続いてリサもエスコートされて、乗り込んできた。最後に、テリーが乗ると静かに走り出した。
リサの通訳によれば、これから向かうのはゴルドー家から一番近い街のスルンという所らしい。かなり人口も多くて栄えているみたいだ。
テリーは俺の顔をしげしげと見ながら、色々と質問してきた。「どうしてここで働いているんだ」とか「なぜデリウィグ語が話せないのか」とか「どこの国から来たのか」……。それら全てに、ジョシュアとの関係がバレて面倒くさいことにならないように適当に返答する。リサは、俺が適当に答えているのがわかるからか、途中から顔が引きつっていた。はは、ごめん。
30分くらいそんな不毛なやり取りをしていると、車が静かに停車した。
またしてもテリーがドアを開けて先に出る。その後にリサ、なぜか俺もエスコートされて降りたんだけど。意味が分からない……。
外に出ると、凛とした空気が頬を刺すような刺激となって感じ、思わずぶるりと身震いする。吐く息は白く、かなり気温が低いというのを教えてくれる。
俺が身につけているのは、制服の上に借りた冬用なのか分からない薄手のコート。リサも同じような格好だけれど平気そうなのはなぜだ。
テリーは暖かそうなコートにマフラーまでしている。
車を降りた場所から少し歩くと、賑やかな開けた場所に出た。
「クリスマスマーケットよ」教えてくれるリサも、目がキラキラしていて楽しそうだ。
昼過ぎだけれど雪が降りそうな曇り空のせいか、木や店が電飾でライトアップされていて、どんよりした空とは対象的に街が光り輝いて見える。さらに雰囲気を盛り上げるクリスマスソングが響く。
「…っわぁ、綺麗だなぁ」
屋台には、美味しそうな色とりどりのケーキやワイン、あったかそうなホットココアが売られていたり、スノードームやクリスマスのタペストリーなんかが並べられていたりして見ているだけでわくわくしてくる。
「こういうとこ映画でしか見たことなかったわ」
思わず呆けたように、つぶやくとテリーがこちらを見て笑っている。
リサが「本当に楽しそうな顔してるって言ってるわ」というもんだから恥ずかしい。どうせおのぼりさんです〜。
テリーは屋台を眺めて、なぜか俺とリサにマフラーや手袋、ニットの帽子なんかを買ってくれた。どれも赤地に雪だるまがのんきに笑っているやつ。ま、まぁ寒いからちょうどいいか……?
戸惑っているとテリーが俺の首にマフラーを巻き付け、帽子を被せニコリと微笑む。うーむ、この人もジョシュアとは違ったタイプのイケメンなんだな。
金髪で体の線が細いからモデルみたいだわ。
それから屋台で見つけたあっつあつの牛肉の串焼きとかケバブサンドを気がついたら手に持たされて食べろとテリーにジェスチャーされる。
隣でリサはすでにホットワインと一緒にケバブサンドを食べていた。……俺より満喫してるな。
俺は首を傾げた。こんな視察ってか、ただの観光?散歩?なんなんだ、これ。リサに聞いても「私が分かるわけないじゃない」と素っ気ない。
俺もそれもそうかと思って、テリーの気が変わらないうちにと串焼きにかぶりついた。
その後もテリーは、一通り屋台を見て回って俺にあれはどうだとか、これはいいと思わないか、なんて聞いてくる。いいんじゃないですかって言うと買おうとするからリサに言って止めてもらうという、よくわからないことを繰り返して、俺はすっかり疲れてしまった。
「なんで俺にこんなことするんですか?」
リサがぎょっとした顔していたが、テリーに促されて、通訳する。
フームと少し考える素振りを見せたテリーがあっけらかんと「……君を好きになったから……かな?」というからリサも俺も固まる。
この時またしても焦げ臭いような変な匂いがしてきて……。あ、これはウソだなと分かった。
今までこの匂いがしてきた時、後からよく考えてみたら、話をしていたローズも食事会に来ていたジョシュアの親戚の人たちもウソをついていたんだ。ウソをつくと変な匂いが出るってのは聞いたことがないけど、少なくとも俺の感じではそう。じゃあ、このテリーの言葉も全てを信じるのは危険かもしれないな。
そう思ったら、急に思考が冷静になった。
「そうなのか?それはどうもありがとう」
と俺も微笑んで返してやった。
そんな俺にテリーはびっくりしたような顔をしていたけれど、俺は知りません。
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