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第10話 焦燥
あの激しい嫉妬にかられたジョシュアに抱き潰された夜からもう3日たった。
次の日、起き上がることすらできなかった俺をジョシュアは甲斐甲斐しく世話してくれた。
日本にいた時のように、ご飯もシャワーや風呂でさえもジョシュアの手によって。トイレだけは頼むからついてこないでくれとお願いして、ドアの前で待っているスタイルに落ち着いた。
もちろん俺も嬉しかった。なんだか久しぶりにジョシュアの愛を感じられたから。そして、どうやら自分でも気づかないうちに、すっかりジョシュアに絆されていたということも、残念ながら認めざるを得なくなった。
けれど、自分の気持ちを打ち明けるつもりは今のところない。ジョシュアがデリウィグで、新しい一歩を踏み出そうとしている時に、日本からついてきた俺がなんやかんや言うのは、なんだか違うと思ったから。
……というのは、半分本当で、半分嘘だ。
もしジョシュアがこの国で、新しく人生を始めるかもしれないと思ったら、そこでジョシュアの隣に自分がいる未来が描けなかったのだ。
ジョシュアが今みたいに忙しい日々を送っている間、俺はこうやって屋敷でひたすら待っていて、リサやサイモンさんの手伝いをして人生を終える?自分の両親にも友だちにもすぐには会えないこの地で。
それでいいのか?
ジョシュアのことは大事に思っているし、一緒にいたらきっと幸せにしてくれる。
……してくれるって何だよ?
自分の人生を誰かに丸ごと委ねて平気なのか。そう自分に問いかけた時に、悲しいかな違和感を感じたんだ。
きっと相手がジョシュアじゃなくて、誰だってそう。
俺は自分の人生、やりたいことをやってみたい。挑戦してみたい。
たいそうな考えは持っていなかったけれど、最近、自分が料理に興味があるってことに気がついたんだ。日本でもおじさん達の店のバイトしていたし、こっちでもキッチンで色々な料理が作り上げられるのを間近で見ていたら、自分もやってみたくなってワクワクしてきて。
Ωだって、技術を身に着ければ一人でもなんとかやっていけるだろう。
ジョシュアのことは好きだけれど、この調子だと俺も働きたいと言ったら大反対しそうだ。ずっと家にいて、いつかできるかもしれない俺たちの子どもを世話する未来も輝いて思えるけど、どうやら俺自身は、今の時点ではその未来がベストだとは思えないらしいんだ。残念ながら。
ジョシュアにも、この気持ちを話して、どうしたらいいのか相談したかった。でもジョシュアは、目下、来週末にこのお屋敷で開くことにしたパーティーの開催について忙殺されて、ゆっくり話す暇もない。ジョシュア自身が提案した「バース性に関係なく、誰でもが参加できるドレスコードなしのパーティー」ということで、α至上主義のこの国ではたいそう珍しく、地元新聞やニュースでも大々的に取り上げられてしまい、その対応に追われているんだ。
俺がリサを手伝うという1日の仕事を終え、貴賓室のベッドで待っていても全然帰ってこない。そのうち睡魔に負けて、眠ってしまったあとで、ジョシュアが少しばかり仮眠をとっているようだった。
ようだったというのは、俺が朝、起きた時にはすでにベッドの隣には誰もいないからだ。ただ、ジョシュアの森林のような香りだけが仄かに残っているという有様なのだ。
しかも気になる話も聞こえてきた。使用人の人たちは、そのパーティーはきっとジョシュアとローズの婚約披露パーティーになるだろうと噂しているのだ。バース性を問わずというのも、世界的なジェンダー平等とかいう流れに乗っていて、新しい当主の誕生の報告に相応しいという。
俺はますます焦り出した。どういうつもりのパーティーなのか、俺との将来はどう考えているのか……。めちゃくちゃ重いカレシみたいだなと自虐的な笑いがこみ上げる。
来週末のパーティーが終われば、少しはゆっくり話せるだろうか……。そう考えて俺は何度目かわからないため息をついた。
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