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第12話 茶会

さっきまで掃除用のぞうきんを握っていたのに、なぜか今、ジョシュアの部屋並みに豪奢な所で紅茶の入ったカップを握っている。 急な変化に追いつけず、少しぼーっとしてしまった。 「ちょっと大丈夫なの?」 声をかけられて、ハッと顔を上げた。目の前のソファーに座っているのは、ジョシュアの婚約者………ローズだ。先ほど女子トイレで出くわしたのがローズだったのだ。あたふたしていたら、しょうがないわねと言って、自分の部屋に連れてきてくれたのだ。 今日は黒のゆったりとしたワンピースを着ていて、眼鏡もかけているからか、いつもの冷たい印象は薄くなっている。 「で、どうして女子トイレなんかに侵入したわけ?のぞき目的なら許さないけど」 言葉はやっぱり棘があるような気もするけれど、Ωの俺を完全に無視するような以前のローズとは違っていて、なんだか不思議だった。 俺はテリーに追いかけられて、あそこに逃げ込んだ経緯を説明した。 「はぁぁぁぁ〜、あいつね。まったく性懲りもなく。あいつはね、私がジョシュアの婚約者になったとたんに近づいてきて、あーだこーだとうるさく付き纏って来たのよ」 「そ、そうなんですね」 「あいつ、なんだか鼻がきくんだって。ジョシュアの関係する人なら全部邪魔してるみたい」 「鼻?」 「αならあなたが、どこぞのαに威嚇含めたマーキングされているってわかるわよ。ただ、普通のαは誰がマーキングしたかまではわからない。それをあいつはどのαの匂いをつけられているかまで、一度かいだことのある匂いならわかるって自慢してたから。ジョシュアの匂いをぷんぷんさせているあなたにちょっかいを出したんじゃないかしらね」 「えっ……俺、匂ってますか?くさい?」 真っ赤になりながら、自分の匂いをかいでみるけれど、残念ながら洗濯物のいい匂いしか感じられない。 「あなたは感じないと思うわ。αがαに対して出しているやつだもの。でも普通のαなら気持ち悪くなって倒れたり、吐いたりしそうなヤバイ、めちゃくちゃ重いマーキングされてたのよ、あなた。今はちょっと薄くなってるけど、濃い時は私もあんまり近づきたくなくなるくらい……」 「そ、そうなんですね……。全然、知らなかった……。でもテリーって人は俺を傷つけたら、ジョシュアにもダメージを与えられると思ったのかな」 前にも起きた事件もそうだった。ジョシュアには手を出せないから、俺を狙う。悔しいけれど、弱点にしかならないのかな。 俯いたまま紅茶を一口飲むと、いつもより苦味を感じた。 「……私、あなたが嫌いだったの。ジョシュアに気に入られて、いい気になっているΩがいるって聞いてたから」 初めて聞く話に、驚く。 「でも、なんだか変な人よね、あなたって。ジョシュアがおじさまに連れ回されて全然、お屋敷にいないんだから、好きに遊び回れるのに、使用人と一緒に掃除してるって聞いて、バカじゃないかしらと思ったけど」 「バカって……」 「ふふ、ごめんなさい。この国ではΩってαを誘惑する穢れた人たちって言われてるのよ。お金持ちのαに番にしてもらっていかに楽しく生きるかに命をかけているようなΩをたくさん見てきたから、当然あなたもそうだろうって思い込んでたの」 「お、俺は、楽したいとかは思っていないです!むしろちゃんと自分の力で働いて暮らしたい。Ωでどこまでできるかわかんないですけど」 「……そう。私もね、大学で経済学を勉強していたの。将来は教授になるか、それともなにか事業を始めたいなって思っていて。それがある日、おじさまに呼ばれて『ずっと探していた孫が見つかった。αだったからお前と結婚させる』って。それで将来の計画全部なくなっちゃったのよ。急に日本語をマスターしろって言われたりね。そんなこともあってあなたに八つ当たりしちゃったのかもしれないわ」 ごめんなさいね、と優しく笑うローズは俺と一緒で、ままならない人生に翻弄されている一人だったんだな。 ローズの顔を見ていたら、なんだか少し力が抜けた。そして二人で顔を見合わせて笑ってしまった。 その後、新しいお茶を持ってきたリサにギョッとされるのはもうしばらくたってからだ。

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