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第22話 懺悔

 綺麗にシーツを取り替えたベッドに横たわり、身体を拭かれ、清められてすうすうと寝息を立てている康を見つめながら、髪をそっと撫でる。  病院の中庭で一目見た時、すぐに康だとわかったが、その姿は驚くほど痩せていて、一体何があったんだと、思わず呆然と立ち尽くしてしまった。  その後、よろよろと逃げ出した康を 追いかけていったら、階下で蹲っていた。ぜえぜぇと苦しそうにしていたけれど、その背中が愛おしくて、気づいたら腕を伸ばしていた。  抱き締めると、康の身体が一瞬、強張って、次の瞬間にはぐったりと倒れたので驚いた。抱き上げると、悲しいほど軽い。そのまま真鍋先生が迎えに来てくれたから、病室に戻ったのだ。  先生には、詳しいことは話せないけれどと、前置きした上で 「島本さんは、辛いことがあったから、しばらく病院にいるんだ。もし、彼を大事に思うなら、ちゃんと話を聞いてあげてくれるかい?」と言われた。  さらには「病院だけど、大声出さなければ、二人でゆっくり話せるようにしてあげるから」とパチンと下手なウインクまで飛ばしてくれた。  そして、久しぶりに康を抱いた。きちんと食事が摂れていなかったのか、薄くなった身体に悲しくなったが、可愛い可愛い康に変わりはない。俺の手が、肌に触れるだけで、ひくんと反応し、ふるふると震わせる姿を見せられたら、手放せるわけないだろう。再会してから、これほど離れていたことがなかったから、今まで以上に強い独占欲を感じた。  身体を綺麗にし、シーツを取り替えてもまだ起きる気配はない。  部屋に色濃く残る精の匂いを飛ばそうと、少し窓を開けると、もうすっかり空が暗くなっていた。ひんやりとした空気が、火照りを残した頬に気持ちがいい。  背後でトントンと控えめなノックの音がした。そっと扉を開けると、真鍋先生が立っていた。 「……大丈夫かい?」 「先生、ありがとうございます。今まだ康は、寝ていますけど」 視線だけ康が眠るベッドに向けると、「……そうかい。久しぶりにゆっくり眠れているみたいで良かった。……激しい運動は、控えめで頼むよ」  そう言って、看護師さんの代わりに持ってきたと、夕飯の載ったトレーを渡された。 「…もし真っ最中だったら、看護師さん倒れちゃうかもしれないからね、僕が持ってきたんだよ」    ふふふ、と笑って去っていった。  なんだかあの先生と話していると調子が狂うな……。  話し声で、目を覚ましたのか、康がベッドの中でもぞもぞと身じろぎしている。トレーをベッド脇のチェストに置き、康の顔を覗き込む。 「康、起きたの?」 「……ん」 「今ちょうど真鍋先生が夕飯持ってきてくれたんだ。食べられそう?」 「……ん」  寝起きでぽやぽやしてる康も可愛いな。にやつくのが抑えられそうもない。  ベッドのリクライニングを少しあげてやる。食事を載せる台をセットして、まだ仄かに温かさの残るトレーを置いた。  白身魚の煮付けと、ほうれん草のお浸し。ご飯と味噌汁。魚を一口分切り分けて、口元に運んでやると、小さな口がパクリと飲み込んだ。もぐもぐと咀嚼する様子を見て、こくんと飲み込んだら次はご飯?味噌汁がいい?  ……餌付け?……なんか楽しいんだけど。  まだしっかり覚醒していないらしく、出されたものを素直に口に運び、嚥下する。そうやっていると、あらたか食べられたので、ホッとする。 「……久しぶりに、ご飯が美味しかった」  食後に温かい麦茶をすすりながら、康がポツリと呟く。 「それは良かった。これからは、俺が一緒だから、いつでも食べさせてやれるよ」  そういった途端、康の顔がくしゃりと歪み、ほろほろと涙が溢れた。 「……ど、どうした?」 「……もう一緒にいられないって……おれ、手紙に書いたんだよ?……なんで来たの」 「俺が、康と一緒にいたいから」  ぽかんと口を開けて、こちらを見ている康。間抜けな顔も、やっぱり可愛いじゃないか。  康は、ぐっと口を引き結ぶと、ふぅとため息をつき、意を決したように口を開いた。 「……おれ、おれが帰った前の晩、あの日、襲われたんだ。部屋で。いきなりだったし、怖くて……」 今度は、俺が言葉を失う。そんな俺を見ながら、康は続ける。 「……相手のことは、わからない。……よく覚えてないんだ。ただ怖くて……」 「………だから………ごめん。……もう一緒にはいられないよ」

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