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第3章 第1話 出発

──本日は……エアーをご利用いただき、ありがとうございました。シートベルトは、ランプが消えてからお外しください──── プシューという音とともにタラップがおりる気配がする。 そしてキャビンアテンダントの職業的な美しい笑顔に見送られながら飛行機の機内から外に出る。 ──戻ってきた。まさか俺がまたこのデリウィグの地を踏むことがあるなんて。冬の寒さが緩み、太陽の力強さが増したこの地が眩しくて思わず目をすがめた。 「……疲れたか?」 肩に手を置いて、心配そうに見つめてくるジョシュアに、大丈夫だよと言って、自分の手を重ねる。 お互いの左手薬指には、プラチナの指輪が輝いていた。 まだ結婚したわけではないけれど、入院中に、ずっと一緒にいてほしいから指輪を贈りたいと言われ、恥ずかしくて仕方がなかったけれども素直に頷いたのだった。 あの後、ジョシュアは本当に毎日、病院に来た。日本での仕事は、あっちの国に行っている間ストップしていたから、きっとたくさん依頼が来ているだろうに、ジョシュアは「今までたっぷり働いてきたのは、こういうここぞと言う時に休むためなんだ」と笑っていた。その背後にマネージャーの小川さんのやつれた顔が見えたような気がしたけれど……。 そして自分でも単純だなと笑ってしまうけれど、ジョシュアが今の自分を受け入れてくれたことで、少しずつだけど、夜も眠れるようになり、悪夢も見なくなった。昼間はジョシュアと病院を散歩して運動するようになったのも気分転換になったのかな。 たまに不安にかられて夜中にジョシュアに電話する時もあったけれど、テレビ電話にして、ジョシュアの顔を見ながら、この間見た動画や映画の話を聞いているうちに、気がついたら寝落ちしているくらいには図太くなった。 そして、ようやく退院の話が真鍋先生から出るようになったのだ。高校にも、入院してからしばらく通っていなかったし、そろそろ復帰したくもあった。 そんな時にジョシュアから言われたのだ。 「退院したら康に見せたいものがあるんだ。ちょっと遠いけど一緒に来てくれないか」 「退院したばっかりの病人をどこに連れてくつもりだよ」 「まぁまぁ、1週間くらいリハビリと思って来てくれ。今度は危険な思いはさせないから」 俺の両親とは何かコソコソしていると思ったんだよな。俺の予想では、どこか気晴らしになるリゾート地とか温泉とか?そんな所に遊びに行くのかなと思っていたんだけど。まさか空港に連れて行かれて、「デリウィグに行くぞ」って言われるとは。「……は?」思わず低い声が出てしまったのは、しょうがないと思うよ。 そして、そのまま飛行機に乗せられ、彼の地まで運ばれたっていうわけだ。 空港を出ると、大きな黒いバンが停まっていて、中から誰かが飛び出してきた。 「うっわっ!」 飛び出してきた人影はリサだ、と認識する前にぎゅうっと抱きしめられていた。 「康っ! 元気になった? 全然帰ってこないから心配したっ!」 「ぐっぐるじ……」 骨が折れるんじゃないかと思うくらい強く抱きしめられて、呼吸困難になりそう……。 「……連絡の一つもよこさないとは! おのれ薄情者だな!」 「なんの漫画で覚えたんだよ、その日本語……」 と言いながらも、逃げるように出ていった俺のことを心配してくれていたリサに有難いやら、申し訳ないやらという気持ちになった。 「……はい、リサも康にベタベタくっつくのは、おしまい。早く行こう」 そうジョシュアに促されて、俺たちは出発したのだった。

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