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第6話 春宵
"公式の社交場"?
意味が分からずポカンとしている俺を見て、ジョシュアが
「ほら、あれを見てみろよ」
と顎で示す。言われた方を見ると、高齢の男性が俺の母親くらいの年齢のキレイな女性を追いかけている。男性がアレコレと話しかけているけれど、女性は黒地に真っ赤な薔薇の刺繍が施された女王様みたいなドレスに似つかわしい感じで、あんまり相手にしていないようだ。
「え……あれ、ジョシュアのおじいさんっ?!」
以前、会った時は『俺が世界の中心だ』と言わんばかりの傲慢さを体現していた気がするんだが、このおじいさんは、この前の人と本当に同じだろうか……?めちゃくちゃ女性に下手に出てるみたいだけど。
「あの女性は、隣国のディーバよ。歌手ね、とっても有名な」
と、ローズが面白そうに教えてくれる。
「そしてΩだ。じいさんは運命とやらを感じたらしいぜ。あんだけ俺たちをバカにしてたのにな」
ジョシュアも皮肉めいた笑いを見せる。
ジョシュアは、この国では第2性別に対して、あまりにも固定的な考えを持つ人が多いのは、ほかの性の人たちを知らなすぎるからだと思ったそうだ。
「無知ほど愚かなことはないからな」
そしてローズに協力してもらい、この場所を作った。俺が以前、滞在していた時にジョシュアとローズが準備していたパーティーというのは、ここのことだったのだ。第2性別や国籍、肌の色や宗教すべてを問わず、ここでの食事も無料。毎回、年齢層や趣味といったテーマを変えていて、同じ趣味の人やビジネスをしている人たちの交流の場としても使えるようにしているんだとか。
テーマに合った服がない人には、衣装も無料で貸し出す。それもちゃんとビジネスと結びついている。
ローズは「ジョシュアに言われて確かに、めちゃくちゃ面白そうって思ったのよ。私が運営を統括してるんだけど、ビジネスでも新しいアイディアが生まれたって人も多くて好評なんだから」と胸を張る。ローズの生き生きしている様子を見て、なんだか俺も嬉しくなる。
女性からけんもほろろな態度であしらわれていたおじいさんが、俺たちに気づいた。ジョシュアが俺の腕を引いて、おじいさんの所へ歩いていく。
ジョシュアが
「こんばんは。今宵も美しい夜ですね。美しい夜にも負けないくらいの俺の"運命の番"の康を連れてきましたよ」と話しかける。俺の腰をぎゅっと引き寄せて、身体をめちゃくちゃ密着させるのは恥ずかしいんだけど…。
「"運命の番"と一緒にいられる私は、本当に幸運だと思いますよ」とジョシュアらしくない嫌味を重ねる。
冷や冷やしながら、おじいさんとジョシュアを交互に眺めていると、おじいさんは、ジョシュアをじろりと見て、「あぁ」とだけ言った。
ジョシュアはさらに「どうですか。運命を感じられた今でもαはαとだけ結ばれるべきとお思いですか」と言い募る。
おじいさんは、しばらく黙って「……あぁ、そうだろうな……」とボソリと言った。
小さい声だったが、ちょうど音楽が止んだ時だったので思いの外、その言葉が響く。そして、俺には意外でも何でもないけれど、やっぱり焦げ臭い匂いが漂ってきた。おじいさん、無理してるんだ……。
虚ろな目をしていたおじいさんが、いきなりハッと目を見開く。俺たちも、その目線につられるように振り返ると、先ほどの歌姫が立っていた。リサが隣に立っていて、通訳していたらしい。ニコニコとした微笑みが、逆に怖さを感じさせるのは何故だろう。
「……っ、ソ、ソフィア!……○×%@#÷△□#+!!」
おじいさんは、青ざめた顔をしながら歌姫に近づいて、何事かをまくし立てている。女性は、表情を一切変えずに歩き去っていった。おじいさんも、その背中を追いかけながら、まだ何かを話し続けている。
「ありゃりゃ。おじいさん、前途多難そうだね」と俺が言うと
ジョシュアも「何でも思いどおりにはなんないってこと、ようやく気がつけて良かったんじゃないのか」と返す。
近づいてきたローズとリサと一緒に顔を見合わせると、吹き出してしまう。
あぁ、人の心ほど、自分の思いどおりに、ならないものはないからな。
おじいさんとの会話を終えて、肩の力が抜けた俺が会場を見回すと、ちくちくとした視線を感じる。
きっと輝くほどかっこいいジョシュアの隣に、なんで俺みたいな奴がいるんだってことなんだろうけど……。
ふと身体の中に、ポッと火が灯ったような温かさを感じた。
はぁっと誰にも聞こえないほどのため息をつくと、ジョシュアのタキシードの裾を引き、「ちょっと疲れた。外の空気が吸いたい」と言って、ローズとリサと別れた。
ジョシュアに連れてこられたのは、会場の外にある庭園だった。まだ春先ということもあり、日が沈むと一気に寒さが戻る。冷たい空気は、火照った身体に気持ちがいい。
開け放たれた窓からは、オーケストラの演奏が絞られたボリュームで聞こえてくる。さらに庭園を進むと、噴水から水が湧き出ていて、その周囲にはすでに綻び始めた薔薇の花たちが甘い香りを漂わせていた。
周りに人気はなく、ジョシュアは近くにあったベンチに座らせてくれる。
「……俺がいた時に、こんな楽しいこと計画してるって教えてほしかったんだけど」
思いの外、拗ねたような声色になってしまって、自分でも驚く。
ジョシュアは「……本当だよな。俺、なんだか焦ってて。あのじいさんに康を認めさせたい。俺の実力も見せなきゃって……今となってはバカみたいだけどな」と穏やかな口調で言う。
街灯はあるけれど、ちょうど俺たちから少し離れているので、どんな表情をしているのかまでは暗くて分からない。けれど、本当に後悔しているんだなと言うのは伝わってきた。
「前に育った教会に行ったろ。そこで見つけた母さんの手紙。あれに書いてあったんだ。
『もし、ジョシュアが大きくなって、自分にできるかもしれないと思ったら、こんなα以外を認めようとしないこのゴルドー家を潰してちょうだい。残念ながら、母さんには出来なかったことをあなたに背負わせてしまうことは申し訳ないけれど』って。
だから最初は全力で潰してやろうと思ってこの国に来た。でもローズと会って、あいつは経営の才能も意欲もあるって分かったんだ。そしたら、潰すよりももっとみんなが幸せになれる方法を探そうって思った。俺には康がいたから。一緒にいられる幸せを知ったら、周りを不幸にするより、幸せにする方にエネルギーを使いたくなったんだ」
ふふふっと笑いながら、「あんまりこういう真面目なこと言うの照れるな」と首をかいていて、なんだかジョシュアがいじらしくなった。さらに俺の腹の中の火が大きく育つ。
「〜~ッ! なんだよ、めちゃくちゃかっこいいじゃん。ズルいよ」
そう言って、ジョシュアの肩に軽くこてんと頭をぶつける。
そして俺はジョシュアの顔を覗き込む。暗がりでも、ジョシュアの大きな瞳が光っているように見えるのが不思議だ。吸い込まれそう……。そして、ずくんと腹の火が更に燃え始める。
俺はそっとジョシュアの唇にキスを落とすと
「……俺も大事な話があるんだ。ジョシュアと二人っきりになれるところに連れて行ってほしい」
自分でもズルいかなと思ったけれど、ジョシュアの耳元でそう囁くと、分かりやすくジョシュアの肩が跳ねた。
俺たちの夜はまだ、これからだ。
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