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第7話 艶夜

 ローズやリサへの挨拶もそこそこに車に乗せられ、今から向かうのは会場からそれほど離れていないホテルだと告げられる。ホテルといっても小さなお城らしく、この国のスケールにはやっぱり驚かされる。  お城の周囲はぐるりと深い堀が取り囲んでいるようで、行き来するためには一つしかない橋を渡らなければならない。そんなことを淡々と説明する運転席のジョシュアの話に耳だけ傾ける。気をそらすために助手席の窓ばかり眺めるが、外は漆黒の闇だ。ホテルに着いてゴトゴトと音を立てて、車が橋を渡っていく振動が腹に響き、蠢く炎がちろちろと大きく育つのがわかる。 はぁ…  何度目かわからないが、ジョシュアに聞こえないほどの声量でそっとため息をつく。すでに声も湿り気を帯びてきている。  車がお城の入口で停まる。ジョシュアがエンジンを切って、こちらを見ている視線を感じて、振り向く。 「……匂いがだんだん濃くなってきてる。ヒートが来そうなんだな」  ジョシュアの視線すらも熱く感じる。こくんと頷くと、助手席のドアを開けて横抱きに持ち上げられる。 「フラフラしたら危ないから。大人しくしとけよ」  何も言わずに頷いて、両手をジョシュアの首に回す。ホテルの玄関はカードキーになっていて、ジョシュアは俺を抱き上げたまま器用にロックを解除して、そのまま階段を上って2階へ向かう。  2階の廊下を進んでいき、一つの部屋の前で止まる。そのドアを開けると、目の前には天蓋付きの大きなベッドが置かれていた。そっとベッドに下ろされて、靴まで脱がされる。  ぼーっとその様子を見ていたら、ジョシュアが「何か飲むものでも取ってこようか?」と尋ねてきた。 俺はジョシュアの腕を掴み「行かないで。話したいことがあるんだ」と言う。  それを聞いたジョシュアは、「わかった」と言って俺の隣に腰かけた。 「…ジョシュアに会ってから、本当に俺の人生変わった。それまで、まさかΩだったなんて思いもしなかったし」 「いや……それは俺のせいでもある…から……ごめん」 「いや……ジョシュアのせいじゃないよ。ただ、楽しいことも辛いこともジョシュアがいてくれたから…。いつの間にか、悔しいけどジョシュアが好き…になってた……」 「……っ!」  ジョシュアが俺に抱きつこうとしてきたから、精一杯腕を伸ばして止める。 「……ちゃんと最後まで聞けって!」  ぴたりと動きを止めた素直さに、笑みが溢れる。ただ口の端が不器用に上がったくらいで、だんだんと理性が薄れゆくのを感じる。 「…はぁ、多分もうすぐヒートに入る。そしたら、ぐちゃぐちゃになっちゃうから、ちゃんと話しておきたかったんだよ」 「……ジョシュアはいつも優しく好きだって言ったり、大事に扱ってくれるよな。もし、それが俺じゃない誰かのものになるって考えたら、すげー嫌だったんだ。俺は嫉妬深いんだよ」 ジョシュアは、俺の手をぎゅっと握って「俺だって……」とポツリと言う。  うん、わかるよと言って、ふぅーっと息を吸い込み、ジョシュアの顔を見つめる。 「ジョシュアの心を全部くれるか。くれたら俺の心も全部やる」  もうすっかり馴染んだ首のカラーに手をやり、カラーの革の合わせ目に指を入れて、それを引き抜く。  そしてジョシュアの手の平に乗せる。 「覚悟ができたら、番にしてくれ」  手の平で鈍く光るのは、カラーを外すための鍵だ。もうずっといつ外してもいいように入れていた。  ジョシュアは、目を見開いて、しばらく鍵を凝視した後、何度か目をしばたいてから俺を見た。 「……康、ありがとう。最初に会った時から俺の心は康のものだよ」  目には薄く膜が張っていて、赤みが増したその目もキレイだと思った。  唇に優しくキスを落とされて、首元で鍵を開ける音がする。風呂以外では外すことのないカラーが取り払われると、なんだか頼りない気持ちになり、思わず手をやる。 「一生、離さないから」  首に回していた手を取られ、指と指を絡めて深く手を繋ぐ。アンバー色の瞳を見つめているだけで、蜜がとろりと溢れてくるのを感じる。  どちらからともなく、顔を近づけて唇を合わせた。すぐに口づけは深くなる。「…ッ、……う……ぁ、んんッ……!」  ジョシュアの大きな手が、俺の首に回される。少し冷たい手が気持ちいい。すりすりと確かめるように撫でられて、ぞくぞくとする。口内には厚い舌が差し込まれて、俺の舌を絡め取るように吸われていく。  舌は、唇から離れて、首筋に下りてきた。チロリと舐められただけで、身体は大袈裟に反応する。 「ひゃっ……んっ……っは、ぁ……!」  身をよじって逃げようとしたが、大きな胸板に抱きとめられてかなわない。執拗に首筋を舐めてくるのを避けようとすると、無意識のうちに胸を突き出すような格好になってしまっていた。 「こっちも舐めてほしいの?」 タキシードのジャケットを脱ぎ捨て、蝶ネクタイも取り払われる。シャツも脱がせてくれるのかと思ったが、 「…ッ!…ひっ!……ん…ぁあん……!」  シャツの上から、胸の突起にがぶりと噛みつかれて、ずぐんと腰が揺れる。シャツから染み込んだ唾液がスースーするのに、その上を熱い舌が這い回るから、ムズムズして頭がおかしくなりそうになる。  立ち上がってきた突起をシャツごと甘噛みして、引き伸ばされると 「……やっ……!ぁんっ……!い、……いた……ぁあ、だめぇ……!」  矯声が止められなくなる。スラックスの中では、早く解放しろと窮屈そうに布を押し上げて来ている。 「下、脱いじゃおうか」  ジョシュアは獲物を前に、至極やさしい声で準備を進める。カチャカチャとベルトを外して、ジッパーをおろされる。俺も腰を浮かせて、素直に従う。雫を溢しているのは前だけではない。すでに後ろの孔も触れば、ぐちゅりと卑猥な水音を出すに違いないのだ。  シャツ以外、身につけていない格好で、すでにガチガチに勃ち上がったものが、シャツの隙間から見えるのが恥ずかしい。そんな俺をジョシュアは熱の籠もった瞳で見つめているのが、間接的な刺激となって腰が揺れてしまう。身体全体が性感帯になったようだ。ふぅっと溢れたため息も、どうしようもなく熱をはらんでいる。 「……はぁ…すごくいい眺めだ……」

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