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花咲かずの呪符①

 美仙の住まう御屋敷は、皇の城に匹敵するほど華美だった。通された茶室も、絢爛豪華だが趣味は悪くない。椅子の背もたれの装飾なんて見事なものだ。 「碧州産の緑茶です。こちらの茶菓子は、都で今一番人気の練り切りでございます」  音を立てず、目の前に置かれた練り切りは、淡い桃色の花の形をしていた。食べてしまうのがもったいないほどに愛らしい。母に見せたら、喜んでくれるだろうか。  蒼い瞳をきらきらさせる蓮雨(リェンユー)に満足する。これで笑みでも浮かべてくれたらとっても絵になるのに。 「ありがとう。皓思(ハオスー)。戻っていいよ」 「はい。何かありましたら、お呼びください」  テキパキとした動作で出て行った少年は美仙の三番目の弟子だ。気紛れに下界を散歩していた時、孤児だった皓思(ハオスー)を拾ってきて、そのまま弟子にした。利発な子で、一を言えば十を理解する。もう数年したら、どこか丁度良い仙門にでも行かせようと考えていた。  仙門とは、邪鬼を祓い、安寧を祈る仙士となるべく仙術を学ぶ修士たちが集う学び舎だ。  国中のあらゆる場所に仙門はあるが、最も大きく、強い力を持つ者たちが集うのが神仙たちを祖とした五大仙家。五大仙家の門を潜るのは簡単だが、出るのはとても難しい。共に門を潜った同門たちは、最後には半分以下の人数になるとも言われる。厳しい修練に、いくつもある厳しい掟。  ――蓮雨(リェンユー)には遠い話だ。それに、今さら入門するのも遅い。あと二、三年早かったら、と思わずにはいられなかった。 「話って言うのは、花が咲かない件だろう」 「まぁ、知らないはずがないよな」 「改めて確認だ。花仙、君が手を抜くはずがないとは信じているけれど、祝い、護り、祓えの陣はやっているんだね」 「もちろん。文で送った内容は」 「嗚呼。把握している。そこで、この楼閣から五里以内を弟子たちに調べさせた。鬼門の方角に神木があるんだが……その根元に呪符が埋められていた」  は、と目を見開く。思わず花仙を見れば、ひとつ頷き続きを促した。  呪符の埋められていたご神木は根が腐り、あたりの大地を瘴気で汚染していた。そのご神木の近くには小さな村があり、変死する村人が複数出ているらしい。汚染された大地が、村にまで広がっていたのだろう。食物や井戸の水が汚染されて、それを摂取した村人たちが亡くなっている――というのが、美仙の弟子の見立てだった。  根腐りを起こしたご神木自体も瘴気に侵されており、もはや守護の意味を成していなかった。村人に聴いたところ、一年中花を咲かせる桜の樹だったそうだ。花も、蕾も、葉も落ちてしまったご神木は、枝から瘴気を分泌する邪樹となってしまった  楼閣から五里以内の被害はその村だけだったが、範囲を広げれば被害はもっと大きいはずだ。  御神木を堕とすほどの呪符。並の術士が作れる代物ではない。 「その呪符は?」 「ご神木のとこ」 「は!? 浄化してこなかったのか!?」 「それを見つけたのは三番弟子。さっきの子だよ。あの子にはまだ早い」 「一番弟子でも、お前でも出向けばよかったじゃないか」 「えぇ、なんで我が? 君に言われたから、とりあえず五里以内を調べてみたんだ。そうしたら、まさかほんとにあるとは思わないじゃないか。見つけたんだから、それでいいだろ。あとは君のお仕事だよ、花神仙殿」  優雅に練り切りを口に運んだ美仙は、これ以上手伝う気ゼロだった。 「邪仙が関わっているかもしれないんだぞ」 「そうだね。でも、我には関係ないから」  あとは頑張ってね、応援してるよ、と言う言葉と共に屋敷を追い出されてしまう。  なんというか、花仙よりも癖のある神仙だった。むしろ癖しかなかったんだが。彼に仕えている弟子たちは凄いな。素直な賛辞が思わずこぼれた。  ひとまず、収穫があったのは良いことだ。一歩前進した。

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