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【幕間】ゲイバーの夜
「いらっしゃーい」
店のドアが開いた途端に聞こえてくるいつもの声。ゲイバー『優~スグル~』は常にこの言葉から始まる。
「あら慎也さん、先日はワタシのために来てくださって、ア・リ・ガ・ト♪ お仕事の途中で顔出してくださったんでしょ? すごーく嬉しかったわン」
カウンターの一番奥に座って、少しだけスグルママと雑談を交わした後、のんびりひとりで酒を楽しんでいた。
ここ一月半ほど忙しかった仕事がやっと終わったところだ。2、3度徹夜することもあって、あれはかなりキツかった。スグルママの誕生日の日は、徹夜になるのが分かってたから、その息抜きで顔を出しただけだった。仕事の合間にゲイバーか?と、自分でも思うが、ドンチャン騒ぎの連中を端から眺めるだけで、良い息抜きになった。
そう言えば、あの子はどうしたんだろうか?
ふと思い出すのは、あの日ソファで周りにチヤホヤされてた子だ。チヤホヤと言うよりも、猛獣たちがエサ場に迷い込んだ動物の様子を伺ってた、と言う表現の方が当てはまるかもしれない。今まで一度も見たことが無かったから、きっと最近来るようになった客なんだろう。
見かけたときは既に酔ってたようだった。『ぽやん』と言う表現がピッタリな様子で、ある意味庇護欲を誘う。たしか「スグルくん」と呼ばれてたよう気がする。スグルママと同じ名前だと思ったから間違いないだろう。
思い出されるのは気になるからか?
「明良さ、オレ途中で帰っちゃったけど、あの後結局どうしたん?」
「あの後?」
「スグルって子のこと。明良がキスして気絶させちゃった子」
「ああ、もちろん食った」
ふと明良ってヤツの言葉が耳に入ってきた。『スグル』の名前に反応したようだ。ってことは、今考えてた子と同じ子ってことか……。
その後その明良ってヤツは、隣に座ってる友人らしい男に、スグルって子とのことを詳しく話し出した。
気絶しちゃった子を持ち帰るって、それ、マズイんじゃないか?
スグルママは何してたの?
ふと見ると、スグルママは憮然とした顔で隅に立っていた。俺の視線に気がついた途端に表情を消していたが……。
「……でさ、3人でって持ちかけたら泣くんだよアイツ。せっかく童貞卒業のチャンスだったのにさ。俺の親切心分かってねぇよな」
自慢げにペラペラ喋ってたおかげで、知りたくもない、ことの詳細が分かってしまった。まったくもって気分が悪い。
これ以上いても酒が不味いだけだったので、帰ることにした。
「この間は無理して来てくれたでしょぉ~、ホントに嬉しかったのよ♪ 会費払ってウーロン茶1杯ってのは申し訳ないんで、今日はワタシのオ・ゴ・リ♪」
いつもより大きめな声のスグルママがそう言ってから、小さな声で
「気分悪い話聞かせちゃって、ごめんなさいネ」と付け加えてきた。
まったくだ。まったくもって気分が悪い。
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