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第2章 宇佐見 ー1

「ハッ……、ハッ……、ハッ……」  自転車で、峠道を淡々と上る。何も考えず、ただひたすら上る。  明良との一件の後、オレは一日だけ会社を休んだ。どっぷりと落ち込んで、その後気持ちを切り替えた。  仕事はマジメにこなし、飲み会は参加義務があるものだけ参加し、そして、それ以外の時間を自分の趣味に費やした。  ロードバイクに乗ってただひたすら走る。走ってる間は、それ以外を考える余裕は無い。そうやって、少しずつ元気になっていった。  自転車は好きだ。走るのも、いじるのも。ネットを通しての自転車仲間はいるけど、基本的にひとりで走ることにしている。同じ趣味の仲間と一緒に走るのも楽しいけれど、どちらかと言うと、ひとりで自分のペースで走る方が好きだ。 「ハッ……、ハッ……、あ―、着いた―っ!」  ヘルメットとサングラスを外し、残っていたボトルの水を頭にかける。暑い。4月になったばかりだと言うのに、今日はかなり気温が高い。 「あつ……」  背中のポケットに入れていた缶コーヒーを飲む。峠の手前の自販機で買ってきたものだ。  買った時は冷たかった缶コーヒーは、気温と背中の熱とで、かなりぬるくなっていた。ちょっと甘めのそれは、疲れた身体に沁み渡っていくような気がした。  久しぶりに上る峠はキツかった。でも達成感は半端ない。  ここは自転車乗りには人気がある峠で、女性も結構上ってくる。ふと見ると、カップルが上ってくるところだった。後ろに位置取った男性が、女性を励ますように声をかけながら上ってくる。 「頑張ってるなぁ」  そうつぶやきつつ、チクリと胸に小さな痛み。今はまだムリだけど、いつか誰かと出会えるんだろうか……。  4月と言えば新入社員の季節だ。  オレの会社もかなりの人が入ったと聞いている。でも、残念なことに総務部の新入社員はゼロだ。オレの後に新人はいない。つまり、今年もオレは一番下っ端のままってことだ。  そして、新入社員の季節ってことは、飲み会の季節でもある。俗に言う新人歓迎会。  各部署の飲み会は、その部署にて幹事を立てて開催されるのが普通なのだが、時々、総務部にその役割が回ってくる。  営業部からの依頼はほとんど無いが、何故か開発部からの依頼は多い。部長曰く「開発部は女性が少ないから、総務部からの華が欲しいんだろう」ってこと。でもさ、今回の飲み会の幹事は、相馬さんと言う先輩女子とオレなんだよな。スマン開発部よ、期待した華のうちの一人はオレだ。まあ、文句は指名した部長に言ってくれ。  今回のオレが幹事を務める新人歓迎会は、開発部企画課と、開発4課の合同となった。  本来は別々に行うモノらしいのだが、たまたまどちらの課も総務部にお願いしてて、でもって希望日が同じだったらしい。片方をずらすことも検討したが、結局、総務部長の鶴の一声で、合同開催、とな。  オレの上司でもある、総務部長の瀬川さんは、唯一の女性部長でもあり、他の部から、かなり恐れられている人でもある。よってこの決定に開発部の人たちは、文句も言わず従ったそうだ。詳しいことは知らないけど、部長って、いろいろ武勇伝があるんじゃないだろうか。いつか聞いてみたい。いやいや、聞かない方が身のためかもしれない……。 「お疲れ様でしたっ」  新人がひとり、飲みすぎて具合が悪くなったりってのはあったものの、特に大きな問題も無く、歓迎会は終了した。  店を出て来た人たちに挨拶したところで、オレの仕事は終了。2次会? もちろん不参加で。普段接点がない部署だし、参加しても疲れるだけだ。ちなみに先輩の相馬さんは、張り切って2次会に参加らしい。あの人カラオケ大好き人間だからなぁ。 「あれっ、(スグル)じゃん。チョー久しぶり! 元気そうじゃんか」  駅へ向かって歩いていると、突然声をかけられた。  明良だ。まさかこんなところで会うなんて……。いや、あのゲイバーの最寄り駅もここなんだから、今まで会わなかった方がラッキーだったのかもしれない。 「どお、久しぶりにオレといい事しない? 優なら、また抱いてやってもいいぜ」  耳元で囁く明良。忘れてしまいたいあの時のことが思い出される。 「いえ……、オレ、帰ります」 「どーせヒマなんだろ? こっちこいよ」  明良の手が、オレの腕に伸びそうになったそのとき、ガシっと別の手に腕を掴まれた。 「間宮、どこ行ってんだ! 2次会はそっちじゃないぞ」 「えっ…、あの……」 「幹事のお前がいなくて、どうするんだ」  この人誰だっけ?  さっきの飲み会にいた人だったと思うんだけど……。  って、どこに連れてかれるの、オレ?

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