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    宇佐見 -2

 腕を引かれて連れてこられたのは、とある居酒屋だった。  全室個室タイプってことで、テーブル毎に壁で仕切られ、通路に面したところには暖簾がかかっていた。比較的人気がある店らしく、ザワザワとしてはいるけれど、壁のおかげか他席の話の内容が聞こえてくることは無かった。 「あの……」 「とりあえず、注文してからな。……っと、生2つと、このカジュアルおつまみセットってのを」  目の前の、強引にオレを連れて来た人は、未だ何も言わない。「ビールが来てからな」だそうだ。  ビールが来て、「まあ飲め」と言われたので一口飲んで、そしてオレは口を開いた。 「すいません。ボク、あなたの名前とか知らないんですが……」 「開発部企画課の宇佐見だ、宇佐見慎也。総務部の間宮だよな、間宮(スグル)。俺がお前をここへ連れてこなきゃ、お前またアイツに食われてただろ」 「――っ!」  オレはこの人のこと知らないけど、この人はオレのこと知ってるんだ。  ってことは……、この前の明良とのことも知ってるってこと?   ってことは、この人ってあのゲイバーの常連?  パクパクと口は開くけど言葉が出てこない。でも、頭の中ではいろんな言葉がグルグル回ってる。 「まさかお前が同じ会社とはな……。さっきの言葉でわかったと思うけど、俺はあの店の常連。スグルママの誕生日のあの日は、俺はカウンターに座ってた。もっとも仕事が忙しくて、ちょろっと顔出してすぐ帰ったから気づかなかったと思うがな。で、そのとき既に間宮はヨッパらってた」  やはり……常連だったのか。そして、二度とオレが思い出したくないことを、この人は……全部知ってる? 「全く……、ゲイバーでポヤンと酔っ払うってのは、食ってくれって言ってるようなモンなんだぞ。まあ実際食われたようだが……。  あの後、店であいつがペラペラ話してたから、スグルママや一部の人は知ってる。つぅか、キスされて気絶した時点で、客は皆そう思ってる。あの明良ってヤツは、お前のことを気に入ったそうだ。そこらへんも話してるの聞いた。これ以上食われたくないんなら、この辺りは一人で歩くな」  宇佐見さんの言葉を聞きながら涙目になるオレ。  流されちゃったときのあの記憶は、無かったことにしてもう忘れたいし、もちろんこれ以上食われたいとも思わない。遊ばれただけってのが分かってるから、そこに愛情は無いから……。 「嗚呼もう泣くなっ! いい大人が泣くんじゃねぇ」  そう言いながら、ワシワシとオレの頭を掻き回す宇佐見さん。ちょっとだけ、気がラクになった。 「あの……、先ほどはありがとうございました。」 「まあな。店でのあの明良ってヤツの話しぶりからして、邪魔した方がいいと思っただけ」  折角入ったんだからってことで、そこから先は雑談をしつつ飲み食いした。 「義理は無いからな。割り勘だぞ」と言われたけど、そこは大丈夫。今日の新人歓迎会は、幹事特権で無料だったし。軽く飲むくらいなら、オレの少ない給料でも問題ない。  いつの間にか、話は営業部の4人組のことになっていた。  彼女たちは、オレがあのゲイバーに行くようになったきっかけだ。ゲイバー体験で一度は行ったことはあったものの、彼女たちに絡まれなければ、次は無かったハズだった。あの後、瀬川部長からの苦情申し立てがあったこともあり、彼女たちはこってり絞られたそうだ。  あの4人組はかなり仕事が出来る人たちで、上司としても、多少の問題行動には目を瞑っていたそうだ。でも今回は、別部署の部長からの苦情申し立てってのもあって、営業部としても知らんぷりは出来なかったらしい。  て言うか、瀬川部長って、もしかしてウチの会社で一番怖い人なの? 「肉食女子4人組(ホントにこんな渾名が付いてたらしい!)が大人しくなったってことで、開発部では間宮に感謝してる人が多いぞ。直接は瀬川部長だが、その原因を作ったのが間宮ってことで。今年の新人どもは安全だそうだ。よかったな」  良かったって言われても…、オレは大変だっただわけで、オレには何も良いこと無かったし……。  苦笑しているオレに、宇佐見さんは爆弾を投下した。 「ま、お前はあいつらに食われるのは阻止できたけど、代わりにオトコに食われたからな」  う、宇佐見さ~~~~ん。  ガックリするオレ。傷口抉らないでください。嗚呼、泣きたい……。  その話は、それ以上は引きずることは無く、あとは雑談をしてお開きとなった。  初めて話をしたが、宇佐見さんはよく笑う人だった。  その笑顔にドキンとするオレの心臓。  もしかしてオレ、また流されてるのかな?  イヤイヤ、きっと気のせいだ。    芽生えつつあるその気持ちに、あえてオレはフタをした。

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