10 / 22

    宇佐見 -3

 いつもと変わらない風景、いつもと同じ仕事。多少の変動はあるものの、基本、オレの作業は変わらない。  そんな毎日の中で、ひとつだけ変わったことがある。宇佐見さんだ。この頃よく宇佐見さんを見かけるようになった気がする。気がするだけで実際は、すれ違ったり、同じフロアにいたことはあったと思うんだ。  でも、あの日を境にオレは宇佐見さんを意識するようになっていた。  昼休み、社食からの帰りに、前を歩いている宇佐見さんを見かけた。そしてふと思う。  宇佐見さんてゲイなんだろうか?  スグルママの店の常連だって言ってたけど……。  でもあの店の客全員がゲイってワケじゃないとも言ってたし。  気にしないようにしてるけど、なんか気になる……。  そんなカンジでオレは、ここ数日を過ごしていた。  終業間際に急ぎの仕事をお願いされ、久しぶりに残業することになった。  オレの部署は、月末月初は忙しいものの、月半ばはほとんど定時で帰るのが通常だ。  実はオレ、残業は大好きだったりする。仕事が好きってワケじゃなくて、残業代目当てなんだけど……。もちろん不要な残業はしないよ。バレた時の部長が怖すぎるし、実際それで怒られてる先輩を見かけたこともあるし。そしてオレはまだ死にたくない。だって、あのとき笑いながら怒る部長の背中から、たしかにどす黒いオーラが見えたもの。くわばらくわばら。  マジメに残業を終え、会社を出て歩いていると、後ろから声をかけられた。 「間宮! 珍しいな、こんな時間まで残業か!」 「宇佐見さん、お疲れ様です!」 「お疲れ~。おしっ、折角だからメシ付き合え!」  あっさりと軽いノリで、居酒屋に連れていかれたオレ。どうやら宇佐見さんの中では、『メシ=飲み』なんだと、脳内変換しておく。  きっと時間的に見て偶然なんだろうけど、宇佐見さんに誘われて、オレの心はちょっとはしゃいでいたと思う。  居酒屋ではお互いの趣味の話をした。宇佐見さんはボクシングをやっているそうだ。 「ボクシングって、かなりハードなんじゃないんですか?」 「マジメにやったら超ハード。でも最近はランニングくらいでジムにも行ってない。その状態で趣味って言えるかって話だけどな」  それから宇佐見さんはニヤリとして、こんな話をしてくれた。 「総務部長の瀬川さん、俺と同じジムだよ。  最近じゃ、ダイエット目的でボクシングを始める女性は多いけど、あの人の場合『気に食わないヤツをぶっとばす』為に始めたんだってさ。今でもマジメに通ってるみたいだし、女性にしてはパンチ力強いんだよな―。間宮も何かヘマしたら、瀬川さんにぶっとばされるかもな」  そう言って屈託なく笑う宇佐見さんの笑顔に、おれはまたドキドキしてしまった。  その後もちょくちょく宇佐見さんと食事に行くことが増えた。  社内メールで、『メシ付き合え』ってのが飛んでくる。向こうは深い意味もなく誘ってくれてるんだと思うけど、誘われたその日は、気持ちがウキウキしてしまう。  行くのはほとんど定食屋だ。酒は無し。一度だけ瓶ビールを二人で飲んだことがあったくらいだ。注文したメニューが出てくるのを待つ間、宇佐見さんとくだらない話をする。たったそれだけ。でも、何か楽しいんだ。 「最近、企画課の宇佐見と、よくつるんでるようだな」  ある日、瀬川部長が話しかけてきた。  そんな話題が出るってことは、何回か見かけたってことなのかな。  そしてその言葉に、フロアにいた女子社員が食いついてきた。 「宇佐見さんて、背高いし、かっこいいよねー。彼女いるのかしら?」 「いるってウワサは聞かないわよー」 「え―、じゃあ、アタックしたらチャンスあるかも?」 「ムリムリッ。かっこ良すぎて、一緒に並んだら悲しくなっちゃうワよ」 「間宮クーン、今度宇佐見さんに会ったら、好きな女性のタイプ聞いておいてよ!」  えっ、オレ?  隣の席の和田さん。表情はにこやかだけど、目が笑ってない……。その笑ってない目が、絶対に聞いておけって伝えてきてるような気がする……。  そんなこんなで、オレは3週間ぶりに、宇佐見さんと晩メシに来ていた。  ここんところ、かなり仕事が忙しかったらしい。別に待っていたわけではないが、宇佐見さんからの『メシ付き合え』メールがこない日が続いて、少しだけ寂しかったような気がする。  久しぶりに見たそのメールは、かなり嬉しかった。  今日来たのは洋食屋だ。オレの方からリクエストしてみた。 「しかし食うねぇ。いくら運動してるからって、さすがにそれは食いすぎじゃねぇの?」  大盛りナポリタンと、ダブルハンバーグを注文したオレ。それを見て、宇佐見さんが呆れていた。そんな宇佐見さんは、チキンのトマト煮込みセットだ。そっちも旨そうだな。 「明日は自転車で峠を上ろうと思ってるんで、今のうちにエネルギーを蓄えておこうと思って」 「へぇ~、前の日に食うのと食わないのとじゃ、かなり違うんか?」 「違うと思います。って、実際のところは分からないんですけど、自分で勝手にそう思ってるって言うか……」 「あはは、何だそりゃ」  その後オレは、明日の目的地を宇佐見さんに話した。  明日オレが行くのは、自宅から100kmちょいの山の中腹にある場所だ。そこは駐車場になっていて、登山目的の人は、そこに車を止めて山に入って行くらしい。 「そんなに走るんか? マジで? それって車の距離じゃん」 「もちろん走るんです。マジです。マジメに自転車乗ってる人は、ちょくちょくこれくらいの距離走ってますよ。……じゃあ、証拠として写真撮ってきます。そこからの景色が証拠ですから」 「おう、楽しみにしてる。つか、嘘かどうかリアルタイムで確認してやる。着いたら即行メールで送れや」  そしてオレたちは、スマホの番号と、メールアドレスの交換をした。  今までよりも少しだけ、宇佐見さんと親しくなれたような気がして、嬉しかった。

ともだちにシェアしよう!