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    宇佐見 -4

 土曜早朝、時刻は4時過ぎ。見上げた空は少々の雲はあるものの、すっきりと晴れていた。梅雨が明けた今、本格的な夏が始まろうとしている。今日は暑くなりそうだ。  玄関前で、オレは持ち物の最終チェックをしていた。  携帯工具、予備タイヤ、ドリンク、エナジージェル、日焼け止め、スマホ、保険証、小銭入れとその中味……。数人で走る場合は忘れ物があっても何とかなるけれど、ひとりで走る場合はトラブルになった場所によっては大変なことになるので、遠出時は最終チェックを必ずするようにしている。  問題無さそうだ……と思ったところで、ふと思い直し、靴を脱いでキッチンへ向かった。そうだ、塩分補給に梅干を持っていこう。  早朝の時間帯は日中に比べると車が少ない。が、自転車は多い。特に夏場は、朝の涼しいうちに走る人が多く、今日はかなりの自転車乗りを見かけた。まあ、オレもその一人だけど。  自転車乗り同士は、すれ違う時に挨拶をする。道路の反対側で、声が届かないようなところでは、ペコリと会釈したり、人によっては片手を上げたりする。そのほとんどが全く知らない人で、自転車を始めたばかりの頃はかなりビックリしたけれど、今ではとても気に入っている行為だ。たぶん、ひとりで走ってても、ひとりじゃないって気がするからじゃないかな。  そんなことを考えながら軽快にペダルを回していく。  途中で2回ほどコンビニで休憩&補給をして、今は上りの手前だ。ここから徐々に上っていって、耐えて耐えて嫌になった頃ゴールとなるらしい。らしいってのはネットの情報。ここは初挑戦なのだ。 「うーん……っと!」  自転車から降りて身体をほぐす。それから、スマホを出して写真撮影だ。  ここまでちゃんと自力で来たって証拠にもなるし、その写真を、宇佐見さんに会ったときに見せたいって思ったんだ。  そっから先は苦行だった。もしかして悟りが開けるんじゃね?ってくらい。時々勾配がキツくなる場所があるのはまあ仕方ないとして、一番の問題はこの暑さだ。暑い、暑すぎる。  淡々と上りながら、頭の中では目の前の上り以外のことを考えていて、ガ○ガリ君が食いてぇ~、とか、さっきのコンビニ前で見かけた自転車カッコよかったな、とかいろいろ。キツいもん。現実逃避しなきゃ上ってられないって。  結局悟りは開けなかったけど、ゴールである駐車場には到着できた。着いたよ……、このままヘタリこみたい。  ヘロヘロな状態ではあったけど、そんなのは表には出さず、これくらい余裕だよって雰囲気を装って、駐車場奥にある自販機まで移動した。だって、オレ以外に上ってきた人たちみんな、かなり余裕ってカンジに見えるんだもん。見栄張りたいじゃん。  冷たいジュースでひといきついてから、オレは辺りを見回した。たしか絶景の撮影ポイントがあったハズだ。手すりに自転車を立て掛けて撮影すれば、自転車と一緒に、そこからの景色が写るって寸法だ。  人がいなくなるのを見計らって写真を撮る。リアルタイムでよこせって言ってたけど、宇佐見さん、ちゃんと見てくれるかな? 返事とかってくれたら嬉しいな。  ドキドキしながらメール送信。 「うおっ!」 直後にかかってきた電話に、思わずスマホを落としそうになってしまった。 「ホントに自転車で来たんだ、すごいな。しかも間宮、結構ジャージ似合ってんじゃん」 「えっ? えっ? え――っ?」 「ちょっと待ってな」  宇佐見さんがここに来てる? 何で?  ってオレ、汗とかで顔ドロドロじゃん。  つか、全身ドロドロ。やべぇ、きっと汗臭い……。  キョロキョロと見回してると、少し離れた所に停めていた車から人が出てきた。宇佐見さんだ。マジで……、マジで来てる! 「せっかくだから俺も来てみた。と言っても車な。……へぇ~、これが間宮のロードバイクか、結構カッコいいな」  にこにこしながら宇佐見さんが話し出す。  昨日何も言ってなかったじゃん、これってドッキリか何かなんですか? 「何時くらいからここに来てたんですか?」 「うーん、1時間くらい前からかな。間宮何時にくるか分かんなかったし」 「もしオレが予定を中止してたらどうしたんですか?」 「ま、そのときは適当にドライブして帰るかな。次に間宮に会ったときの、イジメネタにもできるし」  そう言って笑う宇佐見さん。まさかこの場所で、見るはずのなかったその笑顔を見ることができて、オレの心は何か温かいものでいっぱいになったような気がした。 「メシは?」 暫く話をしてたら宇佐見さんが聞いてきた。 「ここを下ったところにあった、蕎麦屋に行こうかなって思ってます」 「んじゃ、俺も付き合うわ」  車に乗ってくか?って言う、お誘いにはのらず、オレは自走で蕎麦屋まで向かった。オレの、「自転車の下りは、キツい上りの後のご褒美なんです」って力説には、笑いつつも納得していたようだった。 「自転車ってすげぇハードなんだな。話には聞いてたけど、すごいわ。ヨシッ! 頑張った間宮のために、今日は俺が晩メシ奢ってやるっ」  蕎麦屋で特盛り蕎麦を食べつつ、今日ここに来るまでにあったことを話してたら、突然宇佐見さんがそう言ってきた。 「えー、でもオレ今日はメチャ食いますよ」 「おう、まかせとけ。安いとこ行くから。安いもんしか頼まないから、安心して奢られろ」  そう言って笑う宇佐見さん。まずい、また心臓がドキドキしてきた。  その後の帰り道は、オレは天にも昇るような気持ちだった。  車と自転車ってことで、ところどころ合流する場所を決めて、お互いに走って向かう。そこへ向かうときはひとりだけど、オレは宇佐見さんと一緒に走ってるような気がして、すごく楽しかった。  自転車のメンテと、シャワーでさっぱりしたいってのもあって、宇佐見さんにはオレんちで待ってもらうことにした。何気ないふうを装ってはいたけれど、実はかなりドキドキしてたんだ。  宇佐見さんは、そんなオレの気持ちには気づいてないようで、珍しそうに部屋を見回した後、自転車に見入ってたようだった。  晩メシに入ったのは、ここはどこの国ですか?ってな雰囲気の店だった。客の半数は日本人じゃないんだもん。こんな店もあるんだなぁって驚いたよ。そしてメニューを見てまた驚いた。1品1品がかなり高い……。 「メニュー見て高いって思っただろ。値段だけを見ると高いんだけど、その分ボリュームがすごくて、結果的に安上がりなんだよ。今日の間宮は本当に沢山食いそうだしな」  出てきたお皿を見て納得。うん、かなりのボリュームだ。宇佐見さん、ありがとう。  早起きして走り回った疲れと、満腹感の合わせワザのせいで、オレは送ってもらった車の中で眠ってしまったらしい。起こされたときは既に家の前だった。  眠ってるときに頬を撫でられたようが気がする。でもそれはきっと、オレの願望が見せた夢だったんじゃないかと思う。

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