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宇佐見 -11(本編完)
季節は移ろって今は冬、新しい年を迎えて、あちこちで新年会が行われてる。
今は毎年恒例の我が社の新年会の最中で、オレは相変わらず、先輩方の指示のもと右へ左へと走り回っていた。
本部長が〆の挨拶を行っている。これが終わって、皆が会場を後にしたらオレの……と言うか、総務部の仕事は終了だ。とりあえず今年も何事もなく終わったかな。
本来ならこの後総務部だけでお疲れ様会と言う名の新年会を行うんだが、今年は別の日に変更となった。これは、妻帯者が多い総務部男性陣からの、たっての要望だそうだ。土曜の夜に遅くまで飲んで帰ってこないってのは家庭内での立場が云々等。今までは参加せずに帰ってたけど、ホントはオレだって飲みたいんだ……って、そう訴えられたら仕方ないよね。
長々と続く挨拶を聞き流しながら、ふと、そう言えば去年のこの日から始まったんだなって思った。今までと同じ日々が続くはずが、あの日、あのゲイバーへ行ったことで、オレの生活にかなりの変化が起きたんだ。流されて後悔することもあったけど、その後は、オレにとって……。
そう考えながら、オレの目は無意識に宇佐見さんを探していた。新年会は参加するって言ってたからいるはずなんだけど、残念ながら人の多さに見つけることが出来なかった。その代わり、コソコソと会場を後にする瀬川部長の姿を見つけてしまった。珍しい。何か急用でもあったんだろうか。
最後は拍手で終了。ぞろぞろと社員が会場を出て行く。あとは忘れ物チェックで終わりだ。お疲れオレ!、と、総務部のみんな。
「間宮!」
声がした方を見ると、宇佐見さんがこっちへ向かって来るところだった。
「おつかれさまですっ」
「おう、おつかれー」
「この後用事無いだろ? 付き合え。面白いもの見せてやっから」
挨拶の後、こそりと耳元で囁いてから、宇佐見さんは消えていった。
あれから宇佐見さんとは仲良くしてる……、と言うか、付き合ってる。特に用事が無い限り、週末は一緒にいる。平日はたまに一緒に晩メシに行くことはあるけど、それでお終い。週末一緒にいたいから、やれることは平日にやることにしたんだ。
趣味の自転車は、今では平日の早朝に乗るのがほとんどだ。走行距離は短くなったけど、早起きはキライじゃないし、仕事前に身体を動かすと気分が良いので不満は無い。
たまに長距離を走りたくなって週末に走ることもある。そんなときは何故か宇佐見さんが付いてくる。車でだ。一緒に走るワケじゃなく、大抵は目的地で待っててくれたりするんだ。
宇佐見さん曰く「優 が襲われたら困るから」だそうだ。身体にピッタリしたサイクルジャージ姿は、エロくて、目に毒なんだって。そもそもサイクルジャージなんてそんなもんだし、エロいとか言うのは宇佐見さんくらいなもんで、きっと宇佐見さんの目には、何かヘンなフィルターがかかってるんじゃないかなって思う。
最近は「オレも自転車やろうかな」って言ってる。もしそうなったらまたひとつ、二人で出来ることが増えることになるんで、オレとしては是非薦めたい。春が楽しみかも。
「お待たせしましたっ」
メールで指示された場所へ向かう。ちょうど宇佐見さんは、缶コーヒーを飲み終えたところだったみたいだ。寒い中、待たせてしまって申し訳ない。
「面白いものって何ですか?」
「ん―、行けば分かる」
そう言って向かった先は、ゲイバー『優~スグル~』だった。
約一年ぶり。イヤなことを思い出すから、もう二度と来たくなかった店だ。
「宇佐見さん、ここ……」
「大丈夫、大丈夫。ヘンなヤツはいないから。それに、今日のこの店は、ここらへんで一番安心で安全な店だし。面白いものもこの中だしな」
「何ですかそれ……」
「ん――、クマさんと、猛獣使い?」
いまいちよく分からないけど、とりあえず、ドアを開けた宇佐見さんの後を付いて行く。
「いらっしゃーい」
久しぶりに聞く、陽気なバリト……ンじゃなくて、何で女性の声?
カウンターを見ると、松葉杖姿のスグルママと、もうひとり……。
「――っ!、せがっ!!!!!」
「よーし、よし、それ以上は言わないようにな」
叫び出そうとしたオレの口は、宇佐見さんの手に塞がれてしまった。えっ、なんで? なんでカウンターの中に瀬川部長がいるの?
「ママの姉でーっす。ここでは姐さんと呼んでね。ヨロシク~」
そう言う瀬川部長は、会社とは全く違うテンションだった。別人みたい。て言うか、姉? 全く似てないけど姉? 何この展開?って言うか、オレ今ちょっと混乱してる?
後で宇佐見さんに教えてもらったんだけど、スグルママと瀬川部長は籍は入れてないものの、夫婦なんだそうだ。事実婚ってヤツだね。ゲイバーのママが、ノンケで、お嫁さんがいるってのは、お店をやってくには都合が悪いってことで伏せてるんだってさ。だから店では、瀬川部長はスグルママの姉なんだと。ついでに言うと、今更わざわざ籍を入れるって気にはならないんだそうだ。
あっ、スグルママのオネエ言葉は趣味だって言ってた。自宅でもオネエ言葉なんだって。
でも何で宇佐見さんが知ってるんだろ?
「優チャンて、姐さんの部下なんですって~? もうビックリよぉ。でもって聞いたワよ~、慎也さんとくっついたんですってネ! まったく、イケメン二人のカップルなんて嫌味よねぇ。世の中のブオトコ敵に回してるわっ」
なんか……、全部知られてる?
何コレ、何のバツゲーム?
視線を感じて見上げると、瀬川部長がニヤリと笑っていた。怖い、怖すぎる。
「間宮…、じゃなくて、優。あの明良ってヤツ、出禁にしたから。そのことをご近所の店にお喋りついでに知らせといたんで、ここらへんにはもう来ないんじゃないかな。問題起こした客はカンベンってことで、他の店でも出禁にするのがここらへんの店の方針。
ついでに、出禁にしたときごちゃごちゃ食ってかかられたんで、腹に2、3発お見舞いしといた。とりあえず慎也はこれでガマンしとけ。
か弱い女性の腕力だから大したことないけどな。まああっちも、見栄があるから何も言わんだろ」
明良の顔はもう見たいと思わないから、それは嬉しい。けど……、問題? なんか話が見えないんですけど。
「あの……、問題って?」
「チョーッと、おイタが過ぎたってトコかしら。いろいろ食い散らかして問題になってたのは、事実だしィ」
「はあ……」
「最終的に出禁を言い渡したのは姐さんよォ。でも何かアレって、メチャ私情が入ってたような気がするのよねぇ……。」
そう言いながら、スグルママはチロっと宇佐見さんの方に視線を向けた。
その視線の意味するところ……、もしかして、瀬川部長も知ってるってこと?
不安になって宇佐見さんの方を見ると、「ま、気にすんな」ってクシャっと頭を撫でられた。
でも宇佐見さん……、宇佐見さんも何かしてませんか?
かなり気になったけど、結局オレは気にしないことにした。ウン……、きっと気にしたら負けってことなんだ。いろいろな意味で。オレ自身の心の平静のためにも、きっと、そう、オレは何も知らないっと。
その後は宇佐見さんと他愛の無い話をした。
「スグルママ、松葉杖って怪我でもしたんか?」
「一昨日の雪のとき、階段で滑っちゃったのよ~。もォ~、大変だったのよ~」
とか
「姐さん、久しぶりだね! ここずっと来てなかっただろ」
「そぅだね……。でも当分は来る予定だよ。ママがアレだからねぇ」
とか言う会話が時々聞こえてくる。
たまたま入った店が、会社の上司の関係の店だったとかって、何この展開?
出禁の話だって、オレからすれば都合の良い展開だし。
それを今この場所で明かされるって、どう考えてもドラマみたいな、てゆーか、謎解きが終わったドラマの最終回みたいな?
一瞬ここが撮影現場のような気がして、オレはこっそりカメラを探してしまった。
「えー、君も自転車乗ってるの? ボクと一緒だね」
是非宇佐見さんにも自転車に乗ってもらおうと力説していたら、突然右側から声をかけられた。振り向いた先にいたのは、おっとりした雰囲気の小柄な男性。
「これ、俺んの」
後ろから宇佐見さんが抱き着いてきて、声をかけてきた人を威嚇する。
「あらダメよ圭ちゃん、この子ネコちゃんだから~」
「えー、なんだよそれ。その身長でネコって反則じゃん」
目の前ではスグルママと圭って人が会話をしている。
宇佐見さんは、チュッとオレの頬にキスしてから離れていった。
瀬川部長は、忙しそうにカウンター内を動き回っている。
なんかもう……、なんか、ホント、ドラマみたい。現実だけど、ドラマみたい。
もしかして、ここでエンドロールとかが流れるのかな?
そう思ったら可笑しくなっちゃって、オレはクスクスと笑い出していた。
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