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【番外編】瀬川部長とスグルママの平和な朝
「フ~ン、フン、フン、フン、フフーン♪」
早朝4時半、とある家の台所に熊が立っていた。筋肉モリモリのその熊は、Tシャツにハーフパンツと言うラフな服装の上にエプロンを付けていた。エプロンは蛍光ピンクの布に茶色のファンシーな熊群と言う、ある意味似合っているような、まったく似合ってないような……、その姿は一瞬で目に焼きつき、うなされること間違い無しである。
ちなみに、踵がはみ出てているが、スリッパもピンクだ。
カチャっとドアを開ける音がして、同居人が台所にやってきた。
「おはよ。もう帰ってきてたんだ」
「あ、ヨーコちゃんおはよ♪ 今日はお客さんが少なめだったんで、帰りの後片付けがラクチンだったのぉ」
チュッと頬に口付け。
「タバコ臭いな」
「あ~ん、ごめんなさいねぇ。シャワーの音でヨーコちゃん起こすと悪いと思ってぇ。ヨーコちゃんがランニングしてるウチにさっぱりしとくワ♪」
オネエ言葉が熊、そしてヨーコちゃんと呼ばれてるのが猛獣使い……、あ、いや、スグルママと瀬川部長である。
スグルママは、その風貌から熊とか猛獣とか言われることが多いが、性格は温厚で争いごとは好まない。店で何かあった場合も、ほとんど『お話し合い』で済んでいる。と本人は思っているが……。オネエ言葉については、自分の雰囲気をもう少し柔らかくしたいと思って始めたことだが、思いのほか気に入ってしまい、今に至る。
瀬川部長は、本名を瀬川洋子と言う。スグルママと一緒にいるため、猛獣使いと評されることが多いが、実際は彼女の方こそ猛獣である。派手に暴れることはないが、静かに敵を見定め、確実に仕留めることを信条としている。
「ただいま……、朝ごはん何?」
「今日は洋食にしてみたの。卵た~っぷりのタマゴサンドと、ソーセージとサラダ」
「コレステロールが多くないか? 私じゃなくて……ママが」
「そんなこと言わないでぇぇぇ。寝る前に少し筋トレするからきっと……たぶん……大丈夫」
どこにでもある平和な、夫婦の朝の会話である。
ただし、この夫婦の場合、一般的と言われる夫婦とは逆のようでもあるが……。
「ところでヨーコちゃん、……そろそろ、この、エプロンとスリッパ……、止めていいかしら?」
「せっかく私がママのために選んでプレゼントしたのに?」
「ええ~、だってこれお仕置きでしょぉ。もぉ反省してるからぁ。すごぉーく反省してます、ゴメンナサイ! この前だって、宅配のオニーサンにものすごい顔されたのよぉ。私もぅ玄関開けれなくなっちゃいそう」
「ふむ……。これからは、店であったことは全部ちゃんと話すよね?」
「ぜ~んぶ話しますっ! もう隠し事はしません。トラブルになりそうなことは、早めに話します。だからもう、このエプロンは無しにして~!」
この会話から、夫婦間の力関係が伺えるようである。
「あとね……、ニッコリ笑って腹に一発ってのも、今後は遠慮してもらえると嬉しい…かな? ワタシは別に良いんだけど、ヨーコちゃんの手にケガとかってあったら、大変でしょ!」
「心配してくれるのか、ありがとう。じゃあ、次回そんな機会があったら、テーピングか何かしてからやることにしとくよ」
「そうじゃなくって――」
「ボクシングジムで慣れてるからすぐだし」
「…………」
熊のKO負け……?
「いってらっしゃい、今日は定休日だから、美味しいもの作って待ってるワ♪」
そう言って送り出された瀬川部長の手には、資源ゴミの袋が握られていた。
ゴミ出しはダンナの仕事ってことですね。
どこにでもある、夫婦の平和な風景である。
ちょっとばかし、普通とは違うけど……。
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