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【番外編】たぶん最初から惚れていた(宇佐見視点)

 初めて(スグル)を見たのはゲイバーでだった。  他の客に囲まれて、『ぽやん』と言う表現がぴったりな酔い方でニコニコしていた姿に、少しだけ興味を持った。もし、仕事ですぐ帰る必要が無かったのなら、俺もその中に加わって話をしていたかもしれない。縁が無かったと言うことだろう。店に通っていれば、またいつか会うこともあるだろうと、それくらいの気持ちだった。  その後、優と店で出会うことは無かった。と言うか、あの後あいつがどうなったかを偶然店で聞いてしまい、その内容から、今後店へ来ることは無いだろうと結論付けた。  あの明良ってヤツの話は酷かった。今思い出しても気分が悪い。もしあのとき俺がいたらまた違った展開になったのかもしれないが、それはタラレバの話であって、どっちみち俺はその場にいなかった。かわいそうに……と思うと同時に、あの顔をもう一回見たかったと残念に思った。  その願いが通じたんだろうか? 驚愕することに、あいつはかなり近い場所にいた。  打ち合わせが長引きいつもより遅い時間に社食へ行ったところ、ちょうど食べ終えて席を立とうとしているあいつがいた。あのときは本当に驚いた。思わず二度見してしまったくらいだ。もう一度顔を見たいと思った相手が同じ会社の社員だなんて、俺は無神論者だが、もしかしたら神はいるのかもしれないとバカなことを考えたくらいだ。  しかしその後が残念だった。接点が無かったのだ。まさか総務部だったとは。そこは俺から一番遠い部署だ。距離ではなく、仕事的に絡む場が全く無かったのだ。まあだからこそ、同じ会社にいるくせに、今まで知らなかったんだが。  暫くは優を眺めるだけの日々だった。さりげなく社食へ行く時間を調整して、顔を見に行く。ストーカーか?と、自分で自分の行動に呆れてもいたが、さほど旨くもない社食を旨そうに食べる姿を見るのが、午後の仕事への活力となったのも事実だ。優を眺めながら、さてどうやって接点を持とうか……と考えあぐねてもいた。  そんな俺にチャンスが巡って来たのは春になってからだった。新人歓迎会の幹事として優がやってきたからだ。自部署の飲み会の幹事を総務部に依頼するなんて、他の会社では考えられないことかもしれないが、我が社では何故か認められている。その幹事に優がやってきたのだ。俺以外の男どもは幹事のひとりが男と言うことにかなり落胆していたが、俺にとってはチャンスだ。なんとかして接点を持ちたいと思った。  狙うのは飲み会終了後。他部署の飲み会だから二次会は参加しないだろう、ならそのときが絶好のチャンスだ。  案の定優は一次会終了で駅へ向かって歩き出した。さて、何と言って声をかけるべきか? 前を歩く優を視界におさめながら、俺は未だにきっかけを作れずにいた。  そんな俺にまたまたツキが回ってきた。明良の登場である。このチャンスを逃す術は無い。俺は強引に優を連れ出すことに成功した。いけ好かない奴ではあるが、このときばかりは明良に感謝だ。いや、奴が優にやったことを考えたら感謝する必要は無いか。むしろこのまま消えて欲しい。  初めて優と話してみた印象は『素直なヤツ』だった。今まで悪意と言うものに触れた機会はかなり少ないのだろう。他人を疑うことをしないヤツだと思った。そんなのが魑魅魍魎の跋扈するゲイバーへよく入ったとも思う。そして唐突に、俺のモノにしたい、と思った。  きっともっと前からそう思っていたんだろう。だがしかし、はっきりと自分で意識したのはこのときだ。理由なんかはわからない。きっと最初に見たときから惚れてたんだろう。  それから俺は優を晩飯に誘うようになった。知り合いとして、同じ会社の先輩としての立ち位置から。ゆっくりと少しずつ、優の中に俺を滲みこませていくように。同時に心の中で思う「早く俺の元に堕ちてこい」と。最初から逃がすつもりは無かった。 「最近、ウチの間宮をかわいがってるそうだな」  そんな頃、総務部の瀬川さんに声かけられた。忘れていたが、優は彼女の部下だった。 「晩飯行く程度ですよ」 「んん、そうらしいな。間宮もそう言ってたし」  ほぉ、心配してるのか?  可愛い部下が、俺みたいなのにちょっかい出されるのを嫌がってるわけだ。  出す気満々なので、心の中で苦笑いしてしまう。 「少し前にママの店に行ったらしいからな。変なのに引っかかって泣きを見るのは可哀想だ」  へぇ、瀬川さんがここまで言うってのは凄い。自分の部下だからってのもあるが、優が一部の年上の女どもにに『天然年上キラー』と称されてるって噂も本当かもしれない。  ……と、ここで、俺はあることを思いついた。 「そう言えば、本人から聞いたわけではありませんが、間宮君はあの店の常連客にひどい目に合わされたらしいですよ。スグルママから聞いてませんか? ちょっかいかけたヤツが店で自慢してましたが、胸糞悪い話でしたね」  そう言って俺は立ち去った。  スマン、許せ優。間接的ではあるが、俺が優の過去を瀬川さんに暴露したことになるから、罪悪感はある。でも上手くいけば明良が消える。もしかしたら数発は入れてくれるかもしれない。  自分でも分かってるが、これは俺の八つ当たりだ。生ぬるい方法ではあるが、これで我慢するしかないだろう。俺が直接手を出すわけにはいかない。他力本願ではあるが仕方ない。  事実あの男は出禁になった。嬉しいことに、あの界隈のゲイバーほとんどで出禁だ。これも瀬川パワーの成せるワザってことか?  詳しいことは知らないが、いろいろ手を出しまくってトラブルになってたらしい。そこへ更に俺が小石を投げたってことなのか? まあ事実は知らないが、これで少しは優のためになったのではないかと思う。あのときみたいに、あの男に突然声をかけられることは無いだろう。  その後、俺の望み通り優は俺の元に堕ちてきた。  会う度に少しずつ俺を意識していくのがまる分かりで、その様子に俺の背中に震えが走った。そうだ、もっと俺を意識しろ、俺のことを好きになれ。誰にも渡すつもりは無い。まっすぐ俺の元へ堕ちてこい。  優と付き合ってこれ以上の望みは無いと思った。だが、それは間違いだったと気がついたのは直ぐだった。  できることなら優を、どこか鍵のかかる箱の中に閉じ込めてしまいたい。あの、無自覚天然年上キラーは、何とかならないものだろうか? 本人に自覚が無いのが尚悪い。今のところ対象が年上のオネーサマ――と周りに呼ばせたがる人種――に限られているが、いつそれが広がるかと冷や冷やしてしまう。特に優の趣味の自転車仲間は要注意だ。あんなエロイ格好で無邪気に談笑なんて……、やはり明日の遠乗りも付いて行かなくては。  結局、俺の方が優の元へ堕ちたのかもしれない。

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