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期間限定の恋 2冊目
誘われるまま、断る理由のない俺は一緒に昼食をとるために近くのファミリーレストランで向かい合って座り、気が付いた。
「なんか、やつれてないか?」
休憩時間にくだらない会話をしていた時はいつも隣に座って話していたから、まじまじと真正面から顔を見るのは初めてかもしれない。
整ってはいるけれど、細く目尻の下がった目元が印象的で、万人受けするイケメンとは少しズレている。
「もうすぐ試験のある受験生がやつれてない方がおかしいだろ」
メニューを眺める顔は記憶よりも細っそりとしていて頼りなさそうだ。適当に注文を済ませるとソファ席の背もたれに大袈裟な態度でもたれかかる。
「なんでもう決まってんの?」
「内部進学だから何かやらかしてない限り、簡単な試験と小論文で大抵の奴は受かるんだよ」
「内部進学?」
きょとんとされて、そういえばお互いに学校の話が話題に上がらなかった事も思い出した。
俺たちは本当にお互いの事を知らなくて、一年前も度々そういえばを繰り返しながら話していた気がする。
「俺、K大付属に中学から通ってんだわ」
「……お前、賢かったんだな」
「意外そうな顔すんなよ」
テーブルの下に投げ出されていた彼の足を軽く蹴飛ばすと、笑って目が閉じられた。そう見えるだけで彼いわく閉じてはおらず見えているらしい。
「……お前は?どこ受けんの?」
尋ねてもいいのか分からず、遠慮がちな声になってしまった。案の定、彼はさらに笑う。
俺はあまり人付き合いが上手くなくて、二年前に初めて声をかけられた時もビクビクとしていたようで笑われたからだ。
「T大」
「……さっきの賢いは嫌味か」
「受験するだけなら誰でも出来るだろ。受からなきゃ意味がない」
笑顔に影が落ち、軽口を叩こうとしたが何を言えばいいのか分からなくなってしまった。悔しいかな、そんな俺に目敏く気付くのも彼の才能のうちなのだろう。
そして俺はその才能に何度も救われ、その度に胸踊った。
吐息のような小さい笑い声が一番好きだ。
料理が運ばれてきてから前触れもなく彼は話し出す。
「俺んち、母子家庭だからさ。って言っても死別だから特別経済的に困ってるとかじゃないんだけど」
知らない彼の姿が少しずつ形になっていくのが嬉しい。
よく喋るけれど口が小さくて、ちまちまとしか食べられないところが俺は好きだが、彼自身は嫌らしい。今もチキンソテーを小さく切り分けている。
「それでも少しは負担とか減らしてあげたいじゃん。進学しないで就職するつもりだったけど、むちゃくちゃ怒られたんだよね。だから今回、郵便局のバイトだけはさせてもらえなかったんだ」
「……郵便局のバイト、だけ?」
「あ、言ってなかったか。うち公立だし、バイト禁止じゃないから他にもバイトしてるんだよ」
家庭の事情を含めて知らない彼を知る事は嬉しいけれど、何かが引っかかった。
わざわざ言う必要もなければ、たまたま言う機会もなかっただけで、隠しているわけではないのは、今こうして話してくれているからわかる。
「じゃあ、なんで二年も郵便局のバイトしてたんだ?」
俺には都合良かったが、彼にはもっと割の良いアルバイトはいくらでもあるはずだ。事実、高校入学と同時に始めたらしいアルバイトの方はずっと継続しているらしい。さすがに出勤日は夏以降から徐々に減らして、今はそっちも受験が終わるまでは休む事にしたそうだ。
彼は俺の質問には答えずにちまちまとチキンソテーを口へ運ぶ。触れてはいけない部分だったのかもしれない。
ひょっとしたら、という俺の身勝手な期待が伝わってしまっていたらどうしようと不安になってきた。
彼に倣いフォークにくるくる巻き付けたパスタを食べながら、俺の思考もぐるぐる回る。
確かに聞きたい事も、伝えたい事もあった。けれどそれは彼がいなかったから思えたのであって、こうして食事をしているとそれだけでいいと思う気持ちの方が強くなっている。
このまま期間限定の思い出にしてしまう方が、お互いにとって良いのではないか――。
「早番出れば、午後から別のバイト入れられるじゃん」
「……え?」
「郵便局」
「あぁ……」
自分から尋ねておきながら、ぐるぐるしていたせいで彼の言葉を聞き逃しそうになった。知らぬ間にチキンソテーはなくなっていて、ちまちま食べるくせに早食いという器用なやつだった事も思い出した。
「あとはまぁ、気楽だったし、楽しかったし」
そしてやっぱり俺は自分の身勝手な期待を後悔する。
いつだってそうだ。
「期間限定ってわかってるから、煩わしい人間関係を築く必要もないしなー」
同じなわけがない。
簡単にうまくいくなら誰も悩んだりしない。
好意を寄せる相手が、同じように自分にも好意を持っているわけではないのは、性別問わず共通している事だ。
わかっていても、震えそうになる声を必死で堪えて笑い返した。
「本当、気楽なバイトだよな。会うのが三回目の奴もいたけど、初めましてって言われて記憶力を疑ったよ」
「そりゃーお前、俺とばっかり話して他の奴らとはほとんど会話らしい会話してなかったからじゃん」
ビクリと跳ねた心臓を上手く誤魔化せたのかは不安だったけれど、その後は他愛のない話を交わして短い再会の時間はあっという間に終わりを告げた。
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