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第3話

**** 13歳になる直前の夏、ルドゥロは初めて人を殺した。 殺したのは大人の女だった。 ルドゥロは墓場の近くにある貧民街で生まれ育った。 物心ついたときには父母はおらず、貧民街の仲間と助け合いながら生きてきた。煌びやかな身なりをした人間たちから汚物を見る目を向けられたり嘲笑されたりすることも多かったが、彼らがそんなことをするワケが分からなかったのでさして気にならなかった。 そうしてルドゥロは12歳まで育った。 ルドゥロは周囲の人間に恵まれていて、貧民街の大人たちは率先して食べ物をルドゥロに分け与えてくれたのでそこそこ順調に成長していた。 そんなある日の真夜中のこと。 ルドゥロは寝床で物音を聞いた気がして目を覚ました。 そこで近くにある人の気配にハッとして身を縮めたが遅かった。 ルドゥロの家はトタンやベニヤ板やらを不格好に繋いだ小さなものだったので、誰でも簡単に出入りできた。 入ってくるのが仲間たちなら何の問題もないのだが、その夜ルドゥロの家に忍び込んできたのは知らない女だった。 板の隙間から差し込む月明かりでそれを知ったルドゥロは、目的の分からない訪問者に困惑した。 それに、その女の格好は比較的綺麗で、どちらかと言えばルドゥロたちを見下す人間たちに近しいように思えた。 さらに困惑を深めるルドゥロに…… 女は襲いかかってきた。 横になったままのルドゥロの顔を確かめるように無遠慮に這い回る生温かい手。ぼろっちい服の隙間に差し入れられる手。 のしかかる重みや耳元で響く荒い息遣い。 甘く妙に舌の上に残るような…フェロモン。 その全てがルドゥロに耐えがたい嫌悪感を生じさせ、怒りを生み出した。 ルドゥロは、護身用にといつか拾っていた錆びだらけのナイフを引き寄せ、女の胸元に思いっきり突き刺した。 女は耳障りな甲高い悲鳴をあげた。 すごい勢いでルドゥロの上から退いた女に、もう一度ナイフを刺す。 いったいどこに刺さったのかは暗くてよく分からなかった。 女は悲鳴と共におそらく誰かの名前であろう単語を何度も何度も叫んだ。 数十秒後。 ガタイの良い男が、ルドゥロの家に飛び込んできた。 小さな家の壁は割られ、吹き飛ばされてしまって、月の明かりが煌々と3人の人間を照らしだした。 男はルドゥロを見、転がっている女を見、再びルドゥロを見た。 その目には燃えるような怒りの炎が宿っていて、顔は怪物のように真っ赤に歪んでいた。 男は唾を飛ばしながら何かをルドゥロに叫んでいたが、あんまり早口だったのでルドゥロにはよく聞き取れなかった。 ただルドゥロの手にあるナイフを指さしていたので、お前が刺したのか、とか、殺したのか、というニュアンスのことだろうかと思い取り敢えず頷いてみた。 どうもそれがまずかったらしい。 男は、顔をさらに真っ赤にしてルドゥロに襲い掛かってきた。 はじめ、ルドゥロは男の拳に吹っ飛ばされた。壁も一緒に吹き飛んだ。 起き上がったルドゥロは走って男の腕にナイフを突き刺そうとしたが躱され弾かれた。なので転がった先にあった大きめの石を投げつけると、ちょうど男の目元に当たり男が呻いた。 すかさず男の左足に錆びた刃を突き刺せば、再び低い呻き声が聞こえる。 うめきながら男は懐からきらりと光るナイフを出してきた。ルドゥロのより二回りほど大きい。 しかし怯むことなくルドゥロは右手で拳を握って男に走り寄り…それを弾かれた反動を利用するように左手に握っていたナイフを勢いよく男の腹に突き刺した。 左手でルドゥロの拳をはらっていた男は、咄嗟に脇腹をかばおうと右手のナイフをはなした。ほとんど反射でルドゥロは男が落としたナイフを拾う。 そのナイフで一刺し目で傷つけていた男の左足の傷をもう一度切りつける。流れるように逆の足も深く切りつけ、背中側の服の布をクイ、と引いて男の体を倒した。 そこからは、無我夢中でよく覚えていない。 冷静になって見下ろした男の死体から、かなりめった刺しにしたようだ、ということだけは分かった。 最初に襲ってきた女はとっくに事切れていた。 男がやって来た時にはもう死んでいたのだろう。だからルドゥロが最初に殺した人間はこの女なのだ。 血の付いたナイフを落とし、月を見上げてルドゥロは笑った。 「フフフフフ!ハハハッハハ!」 楽しくて仕方がなかった。 正直殺したことはどうでもいい。そうではなく、男と殺し合いをしたこと、戦ったこと、それが言い表せないほど楽しかった。 仲間たちと過ごす日々は平和で楽しかったが、これほどの興奮は体感したことがない。 体格も経験も自分より格上の相手との死を目前にした戦い。その楽しさ。 ルドゥロは生まれついて闘争というものに狂っていた。ある意味狂人というべき人間だった。穏やかな性格と雰囲気に隠されたモノが初めて表出した瞬間だった。

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