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第9話
「おえはあうあ…(これはなんだ)」
「ん?口枷~。即席にしてはいい出来だろ?」
「う~~~~」
「唸らない唸らない」
あの後リヴァーダの項に擦り寄ってすっかり正気を失くしているかと思われたルドゥロだが、リヴァーダが「俺、ここじゃなくてルドゥロの部屋に行きたいなあ」と言えば、嬉々として彼の手を引きずんずん自室まで歩いてきた。
自室とはすなわち獣でいう巣。自分のテリトリーに番を引き入れ、囲い込み、世話することがαの本能的な喜びなのだ。
人気が高いこともあり特別に個室が与えられているルドゥロ。
彼がにこにことベッドを整えている間に、リヴァーダは筒状のなにかと紐をくくりつけ口枷とやらを作ってしまったらしい。
惚れた相手が嬉しそうにしていれば何でもやりたいようにさせてしまうのが、番を幸せにしたいαの性。
「上手にできた!」とはしゃぐリヴァーダにされるがまま、ルドゥロは口が閉じれない状態にさせられてしまった。
リヴァーダがさっさとベッドに腰掛けたので、ルドゥロもその隣に腰を下ろす。
リヴァーダは不満げというかなんとも言えない表情の愛する人をみて、その髪の乱れに気が付いた。
どうせさっきまで項に縋り付いていたせいで乱れたのだろう、と手を伸ばし前髪から横髪、最後に後ろ髪を手櫛で梳いて左肩にさらりと流してやった。
そうやってぐっと近づいている時にまたフェロモンが香ったのだろう。リヴァーダが改めてルドゥロの顔を見ると、僅かに涙目で口枷のせいで閉じられない口の端からぼとぼとよだれが垂れている。
リヴァーダは困ったように笑って、彼のよだれを拭い、きつく握りしめていた両手をそっと解いてやった。
「そんなにきつい?俺の匂い」
「うぐ…」
コクリ…とルドゥロが頷く。
「周期的にもうすぐではあるけど、ヒートの症状はないし…めちゃくちゃ微弱なフェロモンを感じ取ってるってことかなぁ」
「うあいえああいお」
「え?ごめん、なんて?」
ルドゥロはぎゅっと眉根を寄せてリヴァーダの手をとり、その手に指で文字をつづった。
「……ああ、不快ではない、って?ふふ、ありがと」
「うぐ」
「でもいろいろな問題は置いといて、ちゃんと番になったら大変そうだよな」
「うあ~~!」
「大丈夫って?」
「うぐ、うぐ」
「…なんかそろそろ可哀そうになってきたな…。外すか」
ルドゥロはぜひそうしてくれという気持ちで眉毛を下げた。
「あ、でもちょっと待って。その前にチョーカー外してもいい?てかそのために口枷つくったんだよな」
「…!?!?」
「……俺もお前に噛んでもらいたいって、項をさらしたいって思ってんだよ」
「いあーあ…」
「でも今は問題山積みだからさ、わかるだろ?」
「うぐ…」
2人は剣闘士。一生闘技場に囚われ命を懸ける身だ。
それにそもそも2人は他国の人間。今番ってこのまま1年先まで会えなければどちらも身を裂かれるような辛さを味わうだろう。2人同時に闘技場から脱走するというのも他国であるがゆえに難しい。
「俺は初めてαにココさらすんだぜ?それで誓いってことにしてくれよ」
そう言って、リヴァーダはルドゥロに背を向け、何本ものチョーカーの紐を解いていく。
するり。最後の一本が解けたとき、チョーカーが首元から滑り落ちた。
「んあッ…」
すかさず顔を寄せたルドゥロの吐息が敏感な項に当たり、リヴァーダが思わず鼻にかかった声を漏らす。
口枷で思うようにならないルドゥロはすりすりと鼻をつるりとした項に擦り付ける。まるで自分の匂いを移すように。
またリヴァーダから甘い声が漏れる。
「んッ……、ふふ。口枷しといてよかったな?」
「う゛……」
やがてリヴァーダは再びチョーカーを首に巻き付け、一本一本紐をきつく結んでいく。ルドゥロからはどこから出しているのか分からない、名残惜しそうな子犬のような声が聞こえた。
チョーカーをはめ終えたリヴァーダにルドゥロが飛びつく。
2人はベッドに倒れこみ、体格差もあって、リヴァーダはすっぽりと抱え込まれてしまった。
ルドゥロは勢いのまま恋人の唇を奪おうとするが、当然口枷がガツン、と歯に当たるだけで終わる。
「ん゛~~~~!!」
「はは、ごめんごめん」
抱きつくようにルドゥロの後頭部に腕を伸ばし、口枷の紐を解く。
するりと解けた口枷がシーツに落ちきる前に、ルドゥロは柔らかな唇をうばった。
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